●リクエスト小説
『EVERYBODY SINGIN' HAPPY SONG』04

 
 二人は深夜の公園の茂みの中に隠れ、座り込んでいた。
「こんなに全力疾走したのは、久しぶりだぜ」
 しばし黙って、息が落ちつくのを待ってから、オスカーが口を開いた。
「アタシなんか生まれて初めてかも・・・」
「俺だって・・・人に背中を見せて逃げるなんてこと、このオスカー様、人生始まって以来の不覚だ」
「あら?もしかしてアタシのせいだとか言ってる?」
「お前が前後不覚になるまで酔っぱらって、金無くしたからじゃないか」
「んまー!酔っぱらってたのはアンタも一緒でしょ?大体、ワタシにどうこう言える立場じゃないじゃないよ」
「小汚い焼鳥屋と新調した服の代金くらいの分は、足の遅いお前さんの腕をひっぱりながら何とか逃げ仰せたことでチャラだな」
 オスカーの言うとおり、追手はもう諦めたようだ。公園は人気なく静まり返っていた。取りあえず目の前のピンチを回避できたことで、二人は一応、一心地ついた。
「・・・ああ、あの指輪・・・もったいなかったなぁああああ」
「過ぎたことは仕方ないぜ、考えなきゃいかんことはもっと他にある」
「そうね・・・でもどうすりゃいいのよ」
「一生この星で暮らせば??」
 聞き覚えのある声に、二人は咄嗟に顔を上げた。
「はぁい」
 目の前にはくだんの幽霊が立っていた。
「”はぁい”じゃないわよ、このユーレー!!!!!!」
 立ち上がり、いきなり食って掛かるオリヴィエ。聖地ではあんなに怯えていたくせに、慣れとは恐ろしい。
「まあまあ、オリヴィエ落ちつけ」
 オスカーも身をはらいながら、ゆっくりと立ち上がった。
「お嬢ちゃん、会いたかったぜ」
「悪かったわね、こんなとこまで連れてきちゃって。私にとっても予想外のことだったのよ」
 素直に詫びる幽霊。
「悪いと思ってんなら帰して欲しいね、いい加減」
「そうしてあげたい気持ちは山々なんだけど」
「まさか無理だってのか??」
「だって、やり方わからないもの。私だって幽霊になったばっかでシロウトなのよね」
「・・・こんのぉ〜〜〜〜〜!」
「怒らないでよ。元はと言えばそっちにも責任はあるんだし」
 その通りだ。オスカー、オリヴィエ、リュミエールの3人がこっくりさんなどやらなければ、そして彼女を怒らせなければ起こらなかった事ではあった。聖地への戻り方がわからないのを、今責めたところでどうしようもない。
「じゃあ、一生このままなのか・・・・?」
「き・きっとリュミちゃんが何とかしてくれるわよっ!」
 彼らは聖地でのリュミエールの絶望を知る由も無かった、王様ゲームに夢中だったがために。ああ、一時の享楽と引き替えにしたものの、何と大きいことか。
「待ってるだけなら橋のとこ行こうよ。月が池に写ってきれいだから」
 幽霊は二人を誘った。こんな茂みで途方に暮れているのも余計心寒くなるばかりだ、二人は彼女の言葉に従った。まだ少し周囲を気にしながら。

 誰一人いない橋の、欄干によりかかりながら3人はぼーっと池の上に浮かぶ月を見ていた。最初にリュミエールと心の会話で連絡取れたのもこの場所だった。一抹の願いをかけてもみたが、今度は何も聞こえては来ない。
「ここねー、この池のまわり、全部桜なんだよ。春はそりゃあ綺麗なの。名所なのよ」
 彼女の世間話をただ聞く二人。別に彼女のほうも彼らの返答を欲しがっているふうでもなかった。
「夜になると見物の人でいっぱいになっちゃうけど、平日の昼間なんかはそんなでもなくて。池の水さえ桜色に見えるくらいで・・・綺麗だったなー」
「ふうん、彼氏とでも来たの、おデートで」
 オリヴィエはわざと意地悪く言ったが、そうトゲがある口調では無い。もう、怒る気力もとうに失せていた。
「デートで来ると別れる運命になるってのでも有名なんだけどね、ここ」
 幽霊は笑った。過ぎた日を思ってか、その眼差しは遠い。
「運命は本当になって、お嬢ちゃんは幽霊になった、ってわけか」
「そーゆーことね。幽霊になるほどのバカは私だけかもだけど」
「バカだってわかってんなら、どうしてここにいるのさ。さっさと見切りをつければ?ふらふらしてないでさ〜」
 オリヴィエは静かに言った。
「それとも何か思い残してることでもあんの?」
 オスカーも優しく問う。
「その酷い男に仕返ししてやらなきゃ気が済まないとでも思ってるのか」
「そういうことも思ってたような気がするけど・・・今は別にって感じ」
 彼女はそっけなく言った。今は別に、ってなくらいで成仏しないでいられては、迷惑であった。少なくとも彼らにとっては。望みでもあれば、そしてそれを叶えることができたなら大団円なんて結末もあったかもしれないのに。
 彼女は呟いた。
「桜・・・見たいかな、もう一度」
「見て、どうすんのさ。今度は彼氏は隣にいないよ」
「アイツは関係ないもの。ここの桜が好きだから、見たいだけよ」
 オリヴィエの言葉に少しだけ声を荒げた幽霊だった。

「オリヴィエ、見せてやれよ」
 オスカーが言った。
「え?」
「お嬢ちゃんの夢。お前も夢の守護聖だ。そんくらいできるだろう?」
「だってここ、母星系外だし・・・」
「細かいこと気にするな、この際なんでもアリだ、やってみようぜ」
 駄目で元々。そう言って笑う炎の守護聖に、オリヴィエも笑みを返す。そして目を閉じ集中する。彼女が今も見ている夢・・・それを具現化するために。彼の身体に力が満ちる。満ちてはじけるようにサクリアは空に舞い、降り注いだ。
 一瞬にしてあたりが薄くほの明るくなる。花の色のせいだ。夜目にも鮮やかに池をぐるりと取り囲む、満開の桜。
「あ・・・・」
 彼女は絶句した。奇跡のようにその枝を花で埋め尽くす木々に。
「その気になりゃ、できるだろう?」
 オスカーが満足げにオリヴィエにウィンクを投げる。
「まあね、ワタシってば凄いからねぇ・・・。で、どう?幽霊さん」
「どうって・・・どうって・・・スゴイ・・・」
「アンタの言う通り見事だね〜〜〜。夜だからか、どこか壮絶な美って感じで」
「うん・・・ホントに綺麗・・・あの時と同じ・・・」
 彼女は泣いていた。思えばこの幽霊は出逢った時から涙もろい。
「3人だけの季節はずれの花見ってのも悪くない、が」
 オスカーは彼女の肩にそっと手を置き、言った。
「これは夢だ、目覚めなくちゃならない」
 今度はオスカーが目を閉じる。彼の身体が一瞬光を放つ。一陣の風が三人を煽った。すると、その膨大な量の花は一斉に強風に散り、頬を打ち据える豪雨のように、狂ったように吹き荒れやまぬ雪のように、3人の周囲を花びらが舞った。
「あ!・・・・酷い、せっかく綺麗だったのに!!」
「この男の司る力は何だと思う」
「さしずめ『破壊』とかそういうの、でしょ」
 彼女は少し憤慨したように顔を背けた。
 オリヴィエは言った。
「そういうのも含まってるけど・・・。ねえ、アンタ、私らの言いたいことわかる?」
 オリヴィエの言葉に、名残惜しそうに花びらの行く末を見つめていた幽霊は振り返った。
「言いたいこと?」
「そう・・・つまりアンタが見たかったのは、こんなもん、なんだってこと。ひとたび風が吹けば台無しになっちゃうようなね」
「拠り所にするにはあまりに儚すぎるな」
 オスカーが唇のはしを少し上げて気障に笑った。
「だが、花は散るからこそ、こうまで皆に愛されるんだ。永遠にそのまんま咲き続けてる造花で、誰も花見をししようとは思わない。その生命の輝きの、瞬間をこそ愛おしむんだ」
「うん、本当に・・・朝が来れば消える夢みたいなもん」
 オリヴィエは、その掌の上に落ち、溶けるように消えゆく幻の花びらを見つめる。
 オスカーが続ける。
「お嬢ちゃんが見たかったのは、本当は桜じゃない。その景色を見たときの自分、幸せだった頃の自分さ。思い出して振り返って、その時間に戻りたいと思って、お嬢ちゃんは自分で自分の時間を止めた」
 幽霊は黙っている。
「で、どうだった?止めてみて」
「どう、って」
「ふふっ・・・・・・つっまんないでしょ〜〜〜!」
 オリヴィエの戯けた口調に、顔を上げる彼女。目の前の二人は穏やかに笑っている。その様子に、彼女もまた、つられて微笑んだ。
「・・・うん。つまんない。今の自分、ちっとも面白くない。あれほど見たかった桜も、見たからって何も変わらない・・・もっと気が晴れるかと思ったんだけど」
 彼女はもうすっかり最初の通りに戻っている景色を見やった。
「後悔は今までだってしてたけどね。でも今はアイツ関係ないよ。つまんない理由でつまんないことしちゃった私ってバカだなーって思う、ほんとに」
「良い答えだな、それがわかってりゃバカじゃないさ」
「そうそう。ねえアンタ、この男の司ってる力は・・・『強さ』なんだよ」
 オリヴィエは彼女に笑いかけ、オスカーの方を顎で促した。
「新しい創造のための破壊。花も散ったからって終わりじゃない、それは始まりでもあるのさ。実を結んで種が落ちて。いろんな苦境を乗り越えて、次代へ命を託していくんだ。その繰り返しで、より強くなって、ね」
「始まり・・・より強く・・・」
「そっ。だーかーらー」
 歩み寄るオリヴィエ。
「アンタも、こんなところで立ち止まっていないで、ね?もう、思い残してることなんかないだろう?さっさと成仏して、今度はもっと強い人間におなりっ!!」
 彼は、ばんっと勢いよく幽霊の背中を叩いた。よろけなからせき込む彼女。
「・・・もう、もうちょっと優しくやってよ〜。でも、なんか気が済んだ」
「わかってくれたか、俺達も嬉しいぜ」
「でも、でもさ。思い残すことは、まだあるんだよね」
「まだ、あるのか〜?」
 女ってのはどうしてこうどん欲なんだ、などと思いつつ、聞き返すオスカー。そんな彼にこともなげに幽霊は言った。
「あなた達のこと」
「あ・・・そうか」
 彼女の気が済んで、晴れやかに成仏できたとしても彼らはそうはいかないのだった。まさか一緒についていくわけにもいかない。
 彼女をうまく納得させられたことに内心気をよくしていた二人は、またもや深い絶望にさらされた。ああ、いったい自分らは何度自らの置かれた状況を忘れれば気が済むのだ。いい加減、お人好し・・・いや間抜けすぎる。
「この星で暮らしていく、ってわけにも行かないしねぇ」
「食い逃げ犯として追われながら、か?ごめんだな」
 溜息をつく二人だった。
「食い逃げ?・・あ、さっきの店のこと?」
「あ、ああ。お嬢ちゃんもいたんだっけな、写真に写ってた」
「ごめんねえ、ちょっとした悪戯のつもりだったんだけど」
「別に写真に写るくらい、謝ることは・・・・あっ!もしかしてアンタっ!!」
 オリヴィエが気付いて叫ぶ。
「アタシのお金、隠したのってアンタ??」
「へへへ〜〜〜〜。ごめんねー」
「ごめん、じゃ、すまないぜ、お嬢ちゃん・・・」
「だってー、あなた達の友達の望みも叶えてあげよっかな、って」
「え?リュミちゃんのこと?」
「そう。あの人、なんか心から私に『あの二人に酷い目のひとつやふたつ合わせておいてくれ〜』ってお願いしてたからさ」
「リュミエールがか?そんな、まさか」
「まさかって・・・。怒るの無理ないと思うよ〜。あなた達、呑気に女と遊んでたんだもの、そんな姿見れば」
「あっちゃ〜〜〜〜〜!リュミちゃん、見ちゃったの?あの王様ゲーム・・・」
「うん、もう思いっきり」
 オスカーとオリヴィエは顔を見合わせた。もう駄目だ。全ての道は断たれた。リュミエールだけは、怒らせてはいけないのだ。もう、聖地からの救出も望めない・・・。
「さすがに、常に前向きな姿勢を標榜する俺様でも・・・この結末は痛いな」
「あーん、リュミちゃ〜ん、もうしないから許してーーーー」
 既に泣き言モードな二人であった。
「聖地も大騒ぎだろうな・・・こうなってはいずれ知れる。遠い星でサクリア勝手に使ってる場合じゃないぜ・・・」
「奇跡的に助けが来たとしても、そうすぐって訳にはいかないね。・・あっ、アンタ、ワタシのお金、返してよね!あれは指輪と引き替えにした大事なお金なんだから。・・・長居するにあたって先立つもんが無いと、どうしょもないし」
 現実的な夢の守護聖、であった。
「はーいはい。私にはもう必要ないものだし、お返ししますって。はい!」
 幽霊はごそごそと札束を取り出し、オリヴィエに手渡そうとした、その時。
 不意に強風が吹いた。
 先ほどの花びらのように、札が舞う。
「ああっ!!」
 思わず身を乗り出し、手を伸ばすオリヴィエ。しかしその手は何もつかめず空を切り・・・彼はバランスを崩した!
「オリヴィエっ!!」
 彼の身体は橋から消えた。大きな水音が響きわたる。池に落ちたのだ。そう深そうにも見えなかった池であるのに、彼の身体は沈んで既に見えない。オスカーは彼を救い出すため、それはもう瞬時に、オリヴィエの後を追い欄干をひらり乗り越えた。再び大きな水音。
 橋の上には幽霊だけが残された。辺りには静寂が戻る。彼女は一人、一瞬の出来事に驚くばかりだった。
 一向に彼らは上がっては来ない。いくらなんでも底なし池じゃなかった筈。
「あれ・・・これって、なんだかいい感じ・・・なのかな?」


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