リクエスト小説『Dive into GROOVE TUBE』   04

 ほの暗い洞窟内、平三の持っていたろうそくを中央に据えて、4人は車座に座る。
 平三はよどみなく、まるで語り部のようにその概略を朗々と語った。人知れぬ山奥の忘れ去られた村に伝わる鬼伝説。
 しかし、話はどこにでもよくある昔話だ。おとぎ話ですらない、旅人か迷い人、とにかく故あって村の外からやってきた余所者が、住みついて異文化を伝えたりしたという事実が長い時を経て曲がって伝わっただけといった類のものだろう。
 この村の場合、その鬼が“三人組”であったというのが少々変わり種といえば言えなくもなかった。
「…でだな、それまでは知恵と勇気でもって村をお守りくださってたんが、あるひとりの娘を巡って争いがおきただ。三鬼様はオナゴの好みも似てただなぁ…んで仲違い。結局その娘は己を責めて村を出て行き、三鬼様も悲しみのあまりにそれぞれ村を後にしてしまってなぁ…」
 展開がメロドラマめいているのも、まあよくある話。
「以来豊かだった村は三鬼様の御加護を失って貧しさに苦しむよーになったっちゅう話だ。だからオラの村ではそのことを以後の教訓に、『誰かひとりだけイイ思いをしてはいけない』っつー掟があるだよ」
 なんか間違ってないか?ちょっぴり脱力しつつも話を聞き続けるオスカー・オリヴィエ・リュミエール。
「それで…あなたが禁を犯したと責められていたのですね、あのオリヴィエダイナマイツ」
 平三は静かに頷いた。一応その件については反省しているようだ。
「あれはオラが一生かけてもお返しするだ!すまなかっただ…ほんとーに!」
「あれは勢いの言葉のアヤだからいいよもう。でさあ…その話がワタシ達とどうつながるのよ」
「まだわからないだか!」
 …いや、予想はついてる。あまり信じたくないイヤな予感をヒシヒシと感じる三人なのである。
「三鬼様はそれぞれ黄鬼様、赤鬼様、蒼鬼様と呼ばれていただ。由来はわからねえ、だがその髪の色。見れば誰だって一目瞭然だぁよ!!何を言わずとも、いや、長老に関わるなとまで言われただ…だのに、こうして祟りを鎮めに集まって…オラ、感激だぁ…さすが三鬼様方、お見捨てにならなかっただ…」
 やっぱ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
「…そんなことじゃないかとな…思ったんだよな…もしかして『生まれ変わり』とか言い出すんじゃないかってな…」
 オスカーが深くため息をつく。
「ちょっと待ちなさいよ、呑んでどーするのよ、誰が生まれ変わりよ!他の二人は知らないけどね、このオリヴィエ様は生まれる前も後もオリヴィエ様以外の何者でもないのよっ!失礼なこと言わないで」
「私とて鬼の血筋をひいてる覚えは。オスカーはまま疑われても仕方ない部分もありますが」
「なんでだ!だいたいリュミエール、オマエがいなきゃこういう髪の毛の色は世界にゴマンとあるんだって話ですむものを!」
「ああっ、長い時を隔てて再び巡り会った運命の三鬼様だというに、またも仲違い…!ここはこの平三に免じて治めてくだせええええええええええ!!!!」
 出会った時からそうだったが、どうにもこの男、リアクションが芝居がかって過剰である。長老のキャラを思い起こしてみても、それは村の気風なのかもしれなかった。
「まあいいわ…とにかく、いつまでもこーしててもしょうがないんじゃないの実際。出られるの?ここから!」
 オリヴィエの苛立った声にエコーがかかる。
 妙に輝く瞳で三人を見る平三。
「そら大丈夫だよ!こうして三鬼様がそろっておるのに。元の住処、そこはかとなーく覚えがあるだろ?」
「えっ、もしかしてお前は知らないのか??」
「当たり前だ、初めて来ただ。三鬼洞は神聖不可侵の聖域だでな!!さあ、思い出すだよ!」
 勝手にそんなこと言われても。肩を落としつつ、それでもなけなしの力で立ち上がる三人であった。

 
 トーチライトの灯りが、どこを向いても似たような岩壁を照らす。ヘルメットは平三の頭に居を映し、彼を先頭に一行はあてどもなく洞くつを行く。中の地形に詳しい者はいず、しかも地揺れで落下もしている。本当にここから無事に出られるのかさえアヤシイものであった。
 しかし、何より先頭を行く平三が、ミツオニの加護を信じて楽観的であるので、オスカー、オリヴィエ、リュミエールの三人も、なんだか深刻な雰囲気になりにくい。一行は呑気にただ歩く。
 平三が語る。ただの世間話だ。
「しばらく前から、村には噂があっただ。ここのところ続く地揺れ、そのうちでっかいのが来て村ごとぶっつぶれるって。三鬼様の祟りだっつって」
 不都合はすべて三鬼の祟り。これでは鬼も浮かばれまい。
 オスカーが口を挟んだ。
「でもその鬼は守り神だったんだろう?オンナ絡みの云々があるとはいえ、なんで村を潰すんだ。おかしいじゃないかその話」
「そーなんだども、長老が。長老様は村では絶対の御方だでな」
「あのジジイが、何て言ってんの?」
 オリヴィエはどうにも鼻持ちならないあの老人を思い浮かべ、憎々しげに聞いた。
「地揺れが起こるんは三鬼様のお怒りだ、お供えを捧げにゃぁおさまらねえって。だが、これまでだってオラ達は、自分達が食うに困るような時だって三鬼様にはお供えは忘れなかっただし、怒られる理由がわからねえってオラは思ってただ。だが…」
「村人が消えるなどという事態になって、信憑性を増したのですね」
「んだ。だがオラはそれでも…三鬼様がそんな祟るだなんて…思えねくて。オラ、学はねぇだが、頑張っていろいろ調べただよ」
 平三はどうやら今回のことで自分なりに資料などをひもといて密かにこの謎を解き明かそうとしていたらしい。見かけによらず学者肌だ。
「オラだって現代に生きる今時の若者だ。最初は鬼なんてただの言い伝えだと思っただ。だが調べるうちに神妙な気持ちになっただよ。伝説は本当だ…三鬼様は祟りなんか起こさねえ、再びこの村に来てこの窮地を救ってくれるのが三鬼様だぁよ!!」
「…なんかうさんくさい雑誌とか見て調べたんじゃないでしょーね…」
 すっかりソノ気の平三の耳に、オリヴィエのツッコミは届かない。
「だからオラ、探しに出て…。村を出てどれぐらい経っただか…力尽きてこれまでかってところで…岩の上に何か光るもんが見えて。ああ、あんときは天国を見たと思っただぁよ…。んで、もうやたらめったら登って…そしたらアンタ達見つけただ」
 どういった行程であのホテルにたどり着いたかは知らないが、闇雲にどこかを目指したあげく漂着したのがホテルの断崖の海辺だったらしい。
 そのような状況下あの断崖を登り切った情熱は認めたいが、勝手にアカオニだのアオオニだのと言われて村の運命を背負わされてる場合ではないのだ。
「この呪われた村を救ってくれるんは、三鬼様…アンタ達しかいねえだ!!」
 平三は自慢げに胸を張る。今は何を言っても無駄なようだった。
 オリヴィエが言う。
「ねね、盛り上がりついでに教えてよ、その鬼さんたち、お宝はどこに隠してたのかしら?」
「お宝??…ああ、秘宝のことか?そういやぁ…一時雑誌の取材なんか来ただなーそんなこと言って。やりたいほーだいやってったが、結局何も見つからなかっただよ」
「何?嘘なの??」
「んだな…宝っちゅうか、ここは確かに昔、金が出ただよ。そーゆーことが他の村から噂になったんじゃねえかな」
「金?アラ、いいじゃない!そーいえばアンタんとこの長老も、手入れは悪いけど結構金ぴかの飾りモノ付けてたもんねえぇ!」
「そう。ただ…」
 平三は申し訳なさそうに続けた。
「そーゆーのはもう大昔に採り尽くしただよ。三鬼様の御加護だったんだなぁソレも。今は砂金の一粒もねえ。実際見たことねえし…そんなのがあれば村はもっとイイ暮らしができるだ」
「今は…ナイ、の…そう」
 オリヴィエはがっくりと肩を落とす。
「はは、がっかりするなオリヴィエ!言い伝えは間違っちゃいないんだ、解釈が違うだけで。宝と等しく美しい、それは天女だ!そうだろう平三!」
「…天女?何だそら………赤鬼様は女日照りだか?気の毒に…」
「あっっはははは!やっぱ?やっぱそうよねー!ただの欲求不満よね!!」
「違うっ!俺は見たんだ、村からこの鍾乳洞に消える美女の姿!」
「何言ってるだ、村一番はナツだ、あとは大して…いやまあ好みはいろいろだ、そんなこと言っちゃいけん」
 平三はオスカーの手を握って真剣に言った。
「だが赤鬼様、村の女には手をつけねぇでくれ、赤鬼様だって二度も同じ過ちは」
「だからそうじゃなくて!…くそう、みんなして…」
 横にいたリュミエールが穏やかに微笑んでオスカーの肩に手をかける。
「お疲れなだけですよ、オスカーは。…そんなあなたに必要なのは美女ではなく休息。きっと二度の幻覚はそれを示唆しているのですよ」
 リュミエールは顔を上げ、興奮を抑え切れぬといった様子で言った。
「……やはり、私の説が…正しいということに!!!」
「蒼鬼様?」
「平三さん、ここには…温泉があるのでしょう?それは得も言われぬ極上の上の、人知れず懇々とわき出る秘湯が!」
「温泉?秘湯?……この奥に??そんなの聞いたこともないだが…。誰が言ってた、そんな話」
「え、それはメイン州さんが…」
「はあ?メイ…誰だ?」
 クマだ。しかしそんなものと意志の疎通ができると知れたら、もはや人間と信じてもらうことは叶わぬ。
 オスカーはリュミエールの口を押さながら言った。
「はは、細かいことは気にするな。疲れてるんだ、コイツもな」
 


「ほらっ、のんびりしてられねぇ、しょーもねえこと言ってねえで先を急ぐだよ!」
「お前なあ…仮にも村の守り神の生まれ変わりだって設定の俺達に態度デカすぎなんじゃないのか…?」
 落胆による重い足取り、オスカーのツッコミにも力が無いのであった。
「すまねえ、村を思うと…ナツを想うと、オラいてもたっても」
 …ナツ。
「ああ、オラの幼なじみでな、そりゃあ可愛くて…でも急に冷たくなって」
 それはもう聞いた。
「ナツが一番にいなくなっただ…ああああ。ナツ〜〜〜〜〜どこにいるだ〜〜〜〜今助けにいくだよ〜オラがついてるだ〜!今こそ感動の再会をっ!」
 …また“一人だけイイ思い”しようとしてないか?こいつ。
「ああっ、なんでこんな奴の為にこんな目に遭ってんのーーーーーー??ったく、岩にでも当たって目ぇ覚ましたほうがいいんじゃないのっ!!」
「オリヴィエ…気のせいかもしれませんが」
 リュミエールがふと呟いた。
「あなたがそんなフレーズを口にするたびに」
 言い終わらぬうちに、あたりがぐらりと揺れた。轟音とともに、今度は4人悲鳴を上げる間も無く、落下。

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