リクエスト小説『Dive into GROOVE TUBE』   05

 あと少し…あと少しだ。もうすぐ再び見ることができる。きらめく太陽、紺碧の空。翡翠の海。
「あれは…あの場所こそが楽園…必ずや……う…っ!」
 華やかな妄想を覚ます地響きとともに、あたりは激しく揺れる。
「またかっっ」
 岩に情けなくしがみつく男…あの長老であった。
「だいじょーぶ、へーきへーき」
 のんきな女の声が背後から上がる。
「この程度の揺れならすぐにおさまるわよ。…ほら止まった」
「ほんと?ほんとに?まだ揺れてる感じしない?」
 岩盤の広くなったところに毛皮をしいて、その上に寝そべったまま、女は読んでいた雑誌から顔を上げた。
「もうっ、心配性なんだからぁ、長老様ってば!アタシがもうどれだけこの洞窟にいると思ってんのよぉ!」
「ゴメンねナッちゃん、ツライ思いさせて…」
「いいのいいの、約束さえ守ってくれればね!ただでも予定狂ってきちゃってるもん、頼むわよぅ」
 吸っていた煙草の煙をこれ見よがしに吐き出しながらオンナが言う。
「そりゃあもう、もちろ…」
 どかっ、がこっ、っと激しい音を立てて、ふたりの周囲に大きな岩が二三、上から落ちてきた。
「きゃああああ!!」
 と、ほぼ同時、どさどさどさっ、という擬音とともに長老の姿がそこでかき消えた。
「な、なに…?」
 くつろいでいた女も慌てて上体を起こした。ぱらぱらと後を追うように小石が降り、目の前には人の山。
 まず一番上になっていたオリヴィエが打った腰をさすりつつ身を起こした。
「い・いてててて……オスカー、リュミちゃん生きてる〜〜〜」
「な、なんとか生きてます…どうやらこの鍾乳洞は横というより縦構造で階層になっているようですね。ここが最下層なのでしょうか」
「そんな解説いいからとりあえずどけっお前らっ」
「今どくわよ〜〜〜……あれ?」
 そんな会話のあと、ようやっとこちらを凝視して固まっているオンナの姿に気づいたオリヴィエ。
「あ〜ん?…なんかいかにも性悪そうな品の無い…アンタ誰?」
「アンタ誰って、アンタ達こそ誰なのよッ!?」
「おナツ!!その声はおナツじゃねえだか!」
「………あら…平三じゃない…アンタもいたの」
「やっぱりっ!…ナツ〜〜〜〜さがしただよぅ〜〜〜〜!」
 平三はオスカーの下敷きになった状態のまま、号泣した。反してナツはバツ悪そうに舌を出す。
「てへ、見つかっちゃったか……つうか、そんなことより長老が。アンタ達の下敷きになってんのよね。早く助け出さないとヤバいかも」
「長老が??それは大変です!」
「この上人殺しにまでなりたくないわよっ、ジジイ!どこ!?オスカー早く助けてやって!」
「いや…つーかだから…お前らがまずどけって…言ってんだろーーー!」
 

 3人の大男プラスゾーキン男の下から、なんとか息も絶え絶えの老人を救い出す。とりあえず命に別状は無いようだったが、歳も歳だし半分気も失っている、先ほどまで女が偉そうに寝そべっていた敷物の上に横たえておくことにした。
 そして、新たに増えた登場人物を含め、それぞれに自分の置かれた現況を確認するように場を見渡した。
 鍾乳洞の最奥。なのにどこから引いているのやら電灯に明るく照らされている。まるで『フリントストーン』に出てくる家のように、岩屋の中には雑誌やらクッションやら食べかけのお菓子やら煙草の吸い殻てんこもりの灰皿やら、やたら生活臭のぷんぷんするものものが置かれている。その中央には女がひとり。
「オスカー…あんたの言ってた天女ってコレ?」
「…いや…俺の見たのとはちょっと、いやかなり、ってーか全然違う感じなんだが…」
「お気持ちはわかります。この方を天女というからには相当の想像力が必要です」
 三人の会話に女が口を挟む。
「何勝手にごちゃごちゃ言ってんのよ!!平三!こいつら何者なわけ!?」
 強い語調にしどろもどろに答える平三。
「いや…あのな…この方達は三鬼様で…」
「三鬼ぃ〜〜〜〜〜??」
 女は高らかに、そして馬鹿にしきった笑い声をあげた。
「な〜〜〜〜に言ってんのぉ〜〜〜〜〜??そーんなもん、いるわけないじゃないのよ。アンタ騙されてるのよ、いくらとられたの?」
「騙されてるって、そんな、ナツ…」
「相変わらず馬鹿ねーアンタ…ひっ!」
 女は襟首をつかまれ、息を呑んだ。オリヴィエだった。オリヴィエがとっさに落ちていたヘルメットをかぶり、迫力のある声で迫る。
「…くつろぎ中のとこ邪魔したワタシ達も悪いけどさあ、こっちもここに来るまでさんざん酷い目に遭ってかなり機嫌悪いワケ」
 間近のトーチライトの強力な光が女の眼前になおもつきつけられる。
「一応アンタの救出なんていう目的もあったわけなのよね」
「そ、そんなの知ら…ないもん…そっちが…ひっ!!」
 長く鋭い爪の指先が、ナツの瞳に延び………付けまつげを引っ剥がした。いちまーい、にまーい。
「感謝しろとは言わないよ、でも人としてもーちょっと普通にね、ねぎらいとか思いやりとかがあってもイイと思わない?…ねぇっ?!」
「…は、はいっ!」
 殊勝なお返事と同時、ライトは消され襟首も解放。女は光にくらんだ目をしばしばさせながら、すっかりおとなしくなって正座さえしている。
 素晴らしい手際にオスカーとリュミエールから拍手喝采が上がった。
「お見事です、オリヴィエ。その人を人とも思わない攻撃」
「思わず唸るぜ。まったく、ヤな女黙らすのはお前が一番だなぁ!」
「…お褒めの言葉どーも…でさカノジョ。この状況、ご説明願えないかな、そろそろ」
ナツは恐怖におののきながらも、事情を説明し始めた。
 
「だからぁ、こーゆーこと全部!!元々は長老の計画なのよ。別に祟りなんかありゃしないの、長老が昔の思い出捨てきれなかっただけ」
 今をさかのぼること50余年…と、その先はリュミエールが遮って聞いてやらなかった彼の過去。諸国を漫遊中の若き頃の長老は、立ち寄った(だけで泊まれなかった)リゾートホテル…オリヴィエ達の宿泊していた…の豪奢な景色が忘れられなかった。おそらく基本的に派手好きな性質だったのであろう、そんな人物がこのような何もないひなびた村に閉じこもるように暮らしていれば、当然かもしれない。彼はいつの日かの夢とそのホテルでの豪遊を計画し、長きに渡って村人達のおさめる供物等をピンハネし資金をヘソクって貯めていたのだった。
「で、ばれないようにこの洞窟に隠してた、と。…呆れたね」
「村の掟を破ってたのは自分じゃないか!」
「そんなことが…だがナツ…」
 それまでうつむいてずっと話を聞いているだけだった平三が口を開いた。三人にとってはただのくだらないローカルな一事件であるが、彼にとってはショックな事実だったろう。声がいささか震えている。
「お前…長老とグルになって行こうとしてただな?その豪遊ツアー」
「えへ、バレた?…だあって、楽しそうなんだもーん。長老だって一人で行くより可愛い若い娘と一緒のほうが良いでしょ??」
 ひょんな事から長老の計画を知ったナツは、計画をバラすと脅し長老にたかっていたのであった。
「…ったく、どこまでもタチの悪いオンナ!」 
「断じて天女じゃないぞ!断じて!!」
「その話はだいぶ前に終わってます…」
 あきれかえる三人に、ナツは悪びれもせずに言った。
「ああら、でもそんなの私だけじゃないもーん!」
 平三が青ざめて聞く。
「まさか…他の…も?」
「そそ。消えた村のみんな。やっぱ今のアンタみたいにね、この洞窟がなんかアヤシイって調べに来て、バレちゃって。そのまま帰すと喋っちゃうかもしれないでしょ?だからここにそのまま。待遇いいのよ?食っちゃ寝で村にいるよりよほど良い身分よ」
 最初は長老一人分の費用で良かったものをナツの同行分がプラス、よりいっそう村人達への取り立ては増やさねばならず、そのために祟りなどとことさらに騒ぎ立て、それを不審に思う村人が洞窟を探りに来て…以下繰り返し。悪循環にハマった長老が気の毒でもある。
「聞けば聞くほどくだらない話だな!」
「そう言い切ってしまうと平三さんが気の毒です」
「とにかく!一件落着でいいわけね?もうワタシ達に用は無いのよね?」
「……一見落着…じゃが一件落着というわけでは……なぁああああああいっ!」
 さりげなく駄洒落も混じるその絶叫に一同振り返る。
 長老がうつろな目つきで虚空を見上げながらブツブツ何かを呟いている。どう見ても正気じゃない色の瞳。
「これは…これは祟りじゃ……三鬼様はお怒りじゃ…」
「そーりゃそうよお〜〜自分ばっかイイ想いしよーとしてたんだもんねぇ〜」
「そーゆーオマエはっ!!」
 一同がナツにつっこんだその時!
 長老が驚く早さで起きあがり、岩壁に駆け寄った。そこにあるアナクロなレバーに手をかける。
「もう逃れられぬ、こうなったら……」
 あ。なんかヤバい雰囲気。
「死なばもろともじゃああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
 がこん。
 レバーが力いっぱい下ろされた。
 ざっっっっっっっっっば〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っん!!!
 岩壁が二つに割れ、そこからはまさしく怒濤のごとくの水流があふれ出した。
「うわ〜〜〜〜っっ!!」
 人々の阿鼻叫喚なぞかまいもせず、洞窟の中はあっという間に渦が巻き、その場にいた全員の姿は飲み込まれてしまった。

つづきを読む
| HOME | NOVELS TOP | PROJECT:55555 |