リクエスト小説『Dive into GROOVE TUBE』   03

 月は新月、星は無い。
 まるで墨汁をこぼしたように黒々とした夜の底を、息を殺して人影が行く。オスカーであった。
 ようやっと闇に少し目が慣れてきた頃、目的の場所につく。いかつい岩山、ぽっかりと開く地獄への入り口、のような穴。人ひとり入るのがやっとだろうその入り口には禁域を示す太いしめ縄が渡っている。
「ここか…」
 オスカーは一息ついてから、どこから借りてきたんだか頭に被ったヘルメットに備え付けられたトーチライトのスイッチを入れた。
「…っ!」
 上がる声に思わず目を見張る。そこに照らし出された予想外のもの。
「オリヴィエっっ?」
 オリヴィエは光を避けるために掲げた手のひらの隙間から、眩しそうに様子をうかがって、やはりオスカーと同じく驚きの声を挙げた。
「え?オスカー?リュミちゃんも??」
「あ?リュミエール?」
 振り向くと、後ろにはリュミエールがいた。
「どうして…ここに…」

 

 三人は狭く暗い洞くつの中を一列になって歩み進む。
「だからさ、カンケー無いって言われたんだからイイんでしょ?もう、村のことはさ」
「まあな。俺達の存在自体のほうがどうやら迷惑っぽくもあったしな」
「平三さんには申し訳ないですが…かといって私達がこれ以上踏みいることで彼の立場も悪くなるようでもありましたし…」
 なんだかんだと言ったって、ああまでな扱いを受けてまでなお力貸すほどヒマでもお人好しでも無い、というのが正直なところである。
「ま、どんな事情であれ来た以上はね、無駄足は腹立つし。楽しいことも見つけないと!…でさ、コレ、見てよ」
 オスカーがぶん、と振り返ると、頭上のライトがオリヴィエの手元を照らす。浮かび上がるは怪しげなイラストが表紙の一冊の雑誌。
「“フシギ大好き!ミステリアスマガジン『トワイライト・アトランティス』”…?なんですか、それは」
「ユーレイとかUFOとか…とにかくそんなことばっかり書いてある雑誌よ」
「オマエ、各地から雑誌取り寄せてるとかいうプロフィール…そういう雑誌もアリか」
「結構面白いのよ…ってワタシんじゃないわよ!コレはさっきの屋敷のワタシの部屋の本棚にあったの!…この特集!32ページ」
「中途半端なページ数…おそらくモノクロのどうでもいい埋め草的特集記事…」
「今はそんなしょーもない業界事情はいいのよ!」
 オリヴィエは歩きながらページを繰る。各地の埋蔵金伝説を特集した記事だ。
「ほら、ここのことでしょ?なんか言ってたよね?三鬼洞がうんたら。鬼伝説に護られた秘宝、だって!きっとあるのよ、金銀財宝がっ。あのジジイ、よそモンに知られたくないもんだから…」
「…こーんなインチキくさい雑誌の言うことあてになるか!」
「あら、ちゃんと現地取材しにきたみたいよ?ほら」
 指さす先にはVサインした長老の写真があった。
「………とても余所者には知られたくないという感じではありませんね……」
 リュミエールの発言にオスカーも大きく頷いた。リュミエールは続けた。
「しかし確かに秘宝とはありますが…特に何があるとは伝説自体には無いようですね」
 埋蔵金ではないか、と勝手な記者の憶測で書いてあるだけだ。
「リュミエール、良いところに気付いた」
 オスカーが指を鳴らした。
「…オリヴィエには悪いが、この洞穴の奥にあるのは財宝じゃない。俺の得た情報では、もっとスバラシイものが、ある」
「…な、ナニよ。それ」
「…俺はこの目で見た。あの時…あの露天風呂で」
「見たって…何を」
 ふふん、とオスカーがやけに自信ありげに笑って、言った。
「天女だ」
「てん、にょ〜〜〜?」
 オスカーは既に遠いマナザシである。
「天女のごとき、オリエンタルな美女だ。しっかりと見た」
 …………。リュミエールがため息まじりに言い放つ。
「それは白昼夢ですね。ねえ夢の守護聖?」
 オリヴィエが憐れみの表情でオスカーの額に手を当てる。
「…やっぱ、あんな温泉入ったのが良くなかったのよね。ダイジョブ?」
 オスカーはオリヴィエの手を振りきるように頭を振った。
「違う!しかも二度だ、さっきも見たんだ。部屋で横になった時、すーーーーーっと、窓に!白い陰がっ!」
「それはただの夢」
 二人の声はついぞ揃った。


「違う!ガセネタ雑誌の言うこととは違う。この目で、この俺が!見たんだぜ?」
 そこが一番信用ならないということを、彼は知らない。
「あれは天女だ。…昼間もさっきも、俺に向かって微笑んで手招きしてた…『こっちよ…私はこっちよ…来て、オスカーさま…』」
「言ってない言ってない、賭けてもいい」
「お金はすべて自分の為にしか使いたくないオリヴィエが賭けるだなんて…この勝負見えたも同然」
「うるさいよ、リュミちゃん」
「悪いがオリヴィエと勝負する気はない。俺の心は今はあのレディのものだ。あれだけの美女、このオスカー様のラブアフェアの相手に不足はない。天女を誘惑、なんざイカすだろう?」
「…馬鹿馬鹿しい」
 またもオリヴィエとリュミエールの声が揃う。ハナシ的にもバカバカしいが、それを信じてヘルメットにライトつけて忍んで来るオスカーもオスカーだ。
「どうやっても信じないってんだな…じゃあリュミエールは?何なんだ!」
「私はもっとも現実的です。この奥には秘宝ではなく」
 リュミエールはうっとりと語った。
「『秘湯』があるのですよ。ああ…どんな温泉なのでしょうか…ただの温泉であれだけ私を惹きつける魅力、秘湯と伝えられるものならさぞかし…」
「誰が言ったのよ、そんなの!」
「メイン州さんですよ。信頼できる方です、私の情報こそ間違いない」
 …メイン州…?
「あ、クマの。メイン州さん。便宜上私だけがそう心で呼ばせていただいてるんですが。ちょうどホテルで読んでいた小説にそういう名のクマが登場したので」
「どーでもいい、そんなこと!つーかあの時のクマとそんなこと語り合ってたのか?!」
「ええ。村の奥にそういう場所があるから機会があれば行ってみると良いって…特にこことは言ってませんでしたけれどね、かれこれの話を統合しまして。私、ほら、特製へちまもいただいて」
 いつの間に。やけにウキウキと嬉しそうなリュミエールを見て、何を反論する気も失せる二人であった。
 
 ………とにかく。金銀なのか天女なのか温泉なのか。行ってみればわかることだ。今、互いの価値観の相違について議論しているヒマはない。それぞれに、先を夢みて洞穴を進む彼らに、村の運命など、すでにどこ吹く風であった。…いいのか。いいだろう、この際。
 

 洞穴は時に驚くほど広くなったり、先に行けぬかと思われるほど狭くなったりと、起伏を見せる。入り口からは想像がつかなかった、思ったより奥は深い。
「ここ滑るぞ、気をつけろ」
 まず先を行くのはオスカーであった。ライトを持っているのが彼だったから、という理由である。
「もう随分奥へと入っているようにも思うのですが…まだ…?」
「そうねえ、変わり映えしないカンジ…ほんとにさー、あるのかなぁ?頼むわよ、マジで!」
 マジも何も、元々誰も確証あって言ったことではない。ていうか普通は来ない。何も無くとも、勝手に来た三人が悪いってだけである。
 立地的起伏はあれど、状況的には単調な時間が過ぎる中、三人は黙々と先を行った。オスカーが口を開く。
「そう言えば…アイツ…平三は俺達に何して欲しかったんだろうな?」
 思えば肝心なことは何一つ聞いてない彼らだった。
「この場所に関係することなのでしょうか?」
「さぁなあ…ビンボーそうではあったが、特に窮地に陥ってる感じも無かったしな、あの村。村人達も」
 三人が村に来たこと自体のほうが窮地のような様子でさえあった。確かに自分達とは明らかに違う異人風情が三人がかりで訪れるというのは恐怖さえ呼ぶかもわからないが。
「そーいや!なんかさ、ワタシタチのこと、変な風に呼んで無かった?オウキとか」
「ああ、オマエも?俺も言われた、セッキ様とかなんとか」
「そう言えば私も…確かソウキと。言ったとたんに禁忌に触れたように口をつぐんで…」
 平三だけではない。村人達が皆一様に、彼らを見てそんなことを口にしていたのだ。
「考えても仕方ないか。関係ないとかって言われてるしね、勝手にすりゃいいのよ、あんな村!何が起こったって知らないんだから!」
「何か起こるって何が」
「そおねえ…そういや祟りとか言ってなかったっけ?あのゾーキンが」
 そのとき。地鳴りのような轟音が、響いた。辺りが大きくぐらりと揺らぐ。
「な…う…わっ?」
 危険を察知するより先に、足場が崩れ落ちた。
「わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 為す術もなく落下するほかない三人の、絶叫が洞内にこだました。
 

 音はもう静まっている。今の地震の余韻で小石が岩壁をころころと落ちてきては軽い水音を立てる。
 どこをどのように落ちたのかは定かでない。三人は立てば膝くらいまであるかと思われる水たまりの中でうずくまっていた。
「……いて、て…」
「…生きてる〜〜〜?」
「何とか…皆大丈夫のようですね?」
「良かっただなぁ!」
 え。なんで声が四人分。
「アンタ達も来てただなぁ…無事で何よりだぁ」
「………平三!!!」
 
 

「最近、ホントによくあるだ、こういうの」
「こういうの、って地震のこと?」
「いんや、地揺れもそーだが、それだけじゃねえ。…なんつうだかな、最近、オラ達の村は怪しげなことばかり起こるだ。まるで何かに祟られてでもいるみてぇに…」
 よくよく事情を聞くのはこれが初めてだ。…というのが問題なような気もするが、とりあえず話を聞こう。

 平三の声は低く重い。沈痛な表情にシンクロするように、三人の眉間にもしわがよる。
「オラ達の村は小さくて貧しいだども、ずーっと皆仲良く平和に暮らしていただ。事の始めがいつだったかはわからねえ。権兵衛さんとこの鶏がのきなみ卵を生まなくなった辺りだんべぇか…」
「ニワトリ??」
 頓狂な三人の声に、平三がびっくりしたように飛び上がる。
「あ?どしただ?何か心当たりでもっ?」
「そんなもんに心当たり無いわよっ!」
 再びキレかかっているオリヴィエを肘で小突いていさめつつ、他二人も脱力は否めない。村を救って欲しいというあの悲壮な願いはニワトリの卵レベルのことなのか?もちろん、そういったことが村にとっては重要なことなのかもわからないが。
 平三は何事も無かったように続ける。
「小吉んとこのロバは畑仕事を嫌がって寝てばかりだし、お八重んとこの機織りは支え棒が折れるし、おイネばーさんは寝たきりに…ナツも急にオラに冷たくなって。オラとナツは幼なじみでそりゃあ仲良かっただのに…」
 落ち込んでいる平三の手前、建前的に優しげに、しかし既にオリヴィエレベルに業を煮やしているオスカーが口を挟んだ。
「いや水さすわけじゃないが…それ全部偶然、なんじゃないのか?たまたまそういったことが続いた、っていう…」
「娘さんも年頃になればなかなか幼い時のようには…ね?」
 平三はやっぱりそんな言葉は無視して、急に顔を上げた。
「そんなある日!!!」
「…村の牛が全部いなくなったとか言うんじゃ〜〜〜…」
「なんでわかっただ??」
「なんかそんな気が〜〜〜」
「いや、だが、まだ先があるだ!!!」
 既に聞く気まるでナシ、なオリヴィエの呟き声に平三はいきり立つ。
「牛だけじゃねえ、村の人間がひとり、またひとりと…消えちまうよーになっただよ!!!!ナツもだ!冷たくされるくれぇなんともねえ、どこへいっただ、ナツ〜〜〜〜〜〜」
 何……?
 急激に唐突にとんでもない飛躍をして、話題は一気に緊迫した。
「村人が…消える?」
 暗く沈んだ表情で、ぶつぶつと呟くように平三は言う。
「長老は言っただ…祟りだ…何が理由か知らねぇが…これは祟りだ…呪いなんだ…って」
「祟り…呪いって何の!!」
「ミツオニのだ」
 ミツオニ??
「…って何?????」

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