空港のある、ラインブルの首都はさほど大きな都市ではない。ラインブル自体まだ歴史も浅く成長段階の若い星だ。星間高速シャトルの空港に降り立つと、まだ陽も落ちきっていないのに、すでに祭の熱気が渦巻いていた。
「いいねー、なんか盛り上がってるかんじ〜!」
 早くもその熱気に押されてか、オリヴィエがさも嬉しそうな声をあげた。
「俺もこの星は初めてだが・・・何やら楽しそうな雰囲気だな。レディも可愛い」
 炎の守護聖も、同調する。
 その言葉に、リュミエールはけげんな表情を浮かべた。あたりを見回しても、一緒にシャトルを降り立った観光客らしい一群と、空港の職員しか見あたらない。この星の女性、と限定できるほどのデータ量ではなかった。オリヴィエも同様に辺りを見回している。
「女性がどこにいるというのですか?」
 宇宙一のプレイボーイの異名を取る男は悪びれもせずに言った。
「ここにいるじゃないか、写真だが」
 指さした先には、空港の壁に貼られた指名手配書があった。
「・・・・・さすが・・・・」
 オリヴィエとリュミエールの二人には、それ以上の言葉は続けられなかった。

 空港から出て人波とともに少し歩く。どこからともなく聞こえてくる民族調の音楽の、地を這うような、身体に直接振動を与える低いリズムが、知らずと3人を高揚させる。
 色とりどりの幟、ライトアップされた、山車のようなものも見える。そこかしこで上がる人々の嬌声。華やかに飾られた町並みが美しい。
「これはまた・・・すごい人出ですね」
 久々にこのような大勢の人間に囲まれたリュミエールは、それだけ言うのがやっとだった。聖地はこのような人の熱とは無縁の場所だ。
「子供の頃、故郷の星での祭を思い出すよ」
 オスカーも同じようなことを思っているらしかった。
「ねえねえ、二人とも!パレードが始まるみたいよ!どんなんだろ〜楽しみ〜〜!」
 オリヴィエが指さす方向には、人が集まりだしていた。目の前の大通りが、パレードの通り道らしい。人々はみな場所取りに躍起になっている。オリヴィエはいち早くその騒ぎの中に飛び込んでしまった。
「俺達も行こう、リュミエール。ここまで来て人の頭だけ見てたんじゃ話にならん」
 それだけ言うと、まるで珍しい昆虫を見つけた子供のように瞳を輝かせて、オスカーはオリヴィエの後を追った。
 もとより素早い行動を苦手とするリュミエールだ。アッという間に置いてけぼりをくらう。それでも目だけは黒ずくめの赤い髪の男を見失うまいと、必死だった。
 すると突然、あたりの明かりという明かりが全て消えた。不意の暗闇に周囲がわっと騒然となる。いよいよパレードが始まるようだ。明かりが消えると、先程までの夕暮れはすっかりなりをひそめ、夜になっていることに気付く。祭はこれから夜を徹して繰り広げられるのだろう。
 あの遊び人の二人に付き合わされた格好の、今回のこの星への探訪だったが、いつのまにか自分がすっかりこの祭の雰囲気に酔いだしているのがわかる。むせかえるような熱気、鳴り響く音楽、この星を包む空気自体が何かを待ち望んでいるような、雰囲気。
 パレードを待ち望む群衆に囲まれながら、リュミエールはえもいわれぬ気持ちがわき上がって来るのを感じた。興奮とも、焦燥ともつかぬ微妙な感情。そして同時に襲う寂寥。
様々な感情が同時に彼を襲った。
 この守護聖が司る力は「優しさ」。それに相応しく、彼自身、動よりも静を好む穏やかな人物である。そんな彼は不可解に思った。自分がこのような騒ぎに、心をざわめかせていることを。そして何より、
(この感覚には憶えがある・・・・)
 遠く遥かな昔、自分がまだ守護聖として聖地に赴く前。今や思い出すこともなくなったあの頃からずっと、この身の根本のところに訴えかける、あの感覚。胸の鼓動が早くなる。予感・・・・・。

 リュミエールがそんなことを思っていた、その時。
 後方で、もの凄い大音響の爆発音が鳴り響いた。

 

「な・なんだ?」
 すっかりパレード見物に最高の場所を確保していたオリヴィエとオスカーは思わずその方向に振り向いた。周囲の群衆も皆一様にそちらの方向を見ている。場が一瞬騒然となった。
 オリヴィエ、オスカー共に、ただでさえ長身の身体を思いきり伸ばして、その音の原因を探ろうとしたが、あいにく土地勘の無い場所で、明かりがなにひとつついていない状態では何がわかるわけもなかった。
「なんなの〜〜〜驚くじゃないのさっ!」
「なあに、これもパレードの演出だろう、なかなかインパクトが・・・」
 オスカーがそこまで言いかけた時、別の方向から2度目の爆発音が響いた。さっきより近い。そして間を開けず3度目。消えていた明かりが一斉に付き、沿道を警備していた警察官らしき一群が、音の方向にあわてふためいて走り行く。パレードを待ち望む群衆は一瞬にして阿鼻叫喚の渦となり、パニックに陥った。
「ちょ、ちょっとオスカー!のんきにしてる場合じゃないみたいよ」
 人々が訳もわからず四方八方に逃げまどう。もう祭見物どころではない。オスカーもオリヴィエももみくちゃにされながら、お互いの姿を見失わないよう態勢を保つのに必死だった。
「大丈夫か、オリヴィエ」
「なんとかね。・・・ねえ、リュミエールは?」
「いないのか?」
「え〜〜〜〜〜〜?一緒じゃないの?何やってんのよ〜〜〜!!!」
「何てことだ、早く探さないと。この騒ぎじゃケガしかねないぞ」
「この状況ではぐれるなんて〜〜〜!どんくさいんだからもー!!」

 リュミエールは人の波に押されて、自分がどこにいるのかもわからなくなっていた。物思いに耽っている間にはぐれてしまった、オスカーとオリヴィエを見つけようと目を凝らしたが、このパニック状態の中、自分の身を守るのさえ危うい。あちらこちらから人にぶつかられ、右に左に身体が弄ばれる。強い衝撃に気が遠くなった。身体から力が抜ける。こんなところで倒れたら命が無いかもしれない。薄れゆく意識の中でそんなことを思った。
 がくん、と膝が折れた瞬間、タイミングよくリュミエールの身体を支えた腕があった。その拍子に失いかけた意識が戻り、ふと我に返る。
「大丈夫??ここは危ない、こっちへ!」
 その声の主は素早くリュミエールの腕を肩にまわし、半分ひきずるようにして建物の影の路地に入った。目の前を人々が走り去っていく。その騒ぎを横目でみつつ、リュミエールはやっとの思いで息を整えた。そして命の恩人を振り返った。薄暗い路地裏には意外にも線の細い少年が立っていた。 「良かった、ケガは無さそうだね」
 にっこりと笑みを浮かべ、少年は言った。
「あんなとこでふらふらしてたら踏みつぶされちゃうよ」
 青白い顔をして、息も絶え絶えになっているリュミエールに、少年はさっと腰につけた小さな水筒を外し、差し出した。
「はい、水。これ飲んで少し休んでた方がいいよ。ここなら安全だし」
リュミエールは礼を述べようと思ったが、声にならない。頭だけを下げて今できる感謝の意思表示をして、水筒を受け取った。
 からからに乾いた喉を潤したことで一心地ついたのか、次第に落ちつきを取り戻す。
「ありがとうございます。このようなご親切、感謝のしようもございません」
 バカ丁寧な礼の彼の言葉に、少年はさもおかしそうに笑い声をあげた。屈託のない仕草に、マルセルの姿が重なる。
「気にしないでいいよ。アンタよその星の人だね、服を見ればわかる」
「ええ、盛大なお祭りときいて・・・。でもまさかこんなことになろうとは。一体あの爆発音は何だったのでしょうか?」
「さあね」
 自分の星の祭がこのようなことになっているというのに、少しの興味も無いのだろうか。先程までの笑みも消え、無表情に騒ぎを眺める少年であった。
「とんだお祭り見物になっちゃったねえ」
「随分と落ちついているんですね、あなたは」
 リュミエールは、ついしげしげと少年の顔を見てしまった。マルセルに似ていると思ったが、こうして改めてみると彼ほど幼い感じはしない。小柄なので少年と思ったが、実際の年齢はもっと上かもしれない。
「・・・ねえ!」
「は・はい?なんでしょう?」
「あんたいっつもボーっとしてんの?・・・一人で来たのかって聞いたんだよ」
「ああ、すみません。いえ二人ほど連れが・・・はぐれてしまって」
「連れって、そんなじゃアンタの方が連れられて来たって感じだね」
「はあ」
「じゃあ、あそこにいるの、そうじゃない?」
 少年が顎で促した方向には、見間違う筈もない、極彩色と真っ赤な頭の二人組。見るからに人を探している様子がうかがえた。リュミエールはとっさに路地を出て声をかけた。 その声に瞬時に反応する二人。
「リュミエール!!!」
 彼等はすぐさま水の守護聖の元に駆け寄った。
「んもぉ、心配かけるんじゃないわよ!探したんだからっ!」
「どこもケガはないようだな」
 オスカーもオリヴィエも、心から安堵したように口々に言葉を発した。
「すみませんでした。そこにいるこの星の方に助けていただいて、お陰で無事で」
 リュミエールは二人に紹介しようと、少年を振り返った。少年はリュミエールがオスカー達と出会えた事を確認したからか、軽く手を振り、パッと暗闇の中に消えてしまった。
「あ、待って・・・!」
 リュミエールの声はすでに手遅れとなり、少年はいなくなった。その存在自体がまるで幻だったかのように、路地裏には気配すら残っていない。が、リュミエールの手の中にある使い込まれた小さな水筒だけが、今あったことが現実だと、伝えていた。


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