リレー小説『踊るサクリア2』25 by 岸田

 保健室の扉の前で、女生徒その1が言い放った。
「あなたを入れる訳にはいかないわよ、わかるでしょう?」
「どっ、どうしてですかっ!!だって私が…」
 言い返すのはもちろんアンジェリークである。
「そうよ、あなたのせいなのよ?あなたが差し入れたケーキがっっっ!!!オスカー先輩を…ああああああ、お可哀想に…!!!!」
 芝居がかって泣き崩れる女生徒その2。ほかにも保健室の前にはオスカー親衛隊トップ精鋭が十数人、アンジェリーク(と、行きがかり上一緒だったロザリア)をとり囲んで、どうするつもりよ、なんてことすんのよ、等々声を上げる。
「どうするもなにも、本当に私が原因なら…」
「ふざけるんじゃないわよ!あなたが原因に決まってんでしょ??サラ先生はね、『何か尋常でないものを食べた』っておっしゃってたわ、私たちの見る限り、あなたのケーキが一番尋常でなかったのは確かなんだから!!」
「そうよそうよ!アンタのケーキのせいでオスカー先輩は今頃苦しんで」
「あああああ、お気の毒〜〜〜オスカー先輩〜〜〜〜〜〜こんなオンナの為に〜〜〜」
 気持ちが高ぶるにつれ、言葉がいささか悪くなってるおとり巻き軍団である。
 しかし、アンジェリークとしてはそんなその他大勢に負けてる場合ではないのである。目的はひとつ、そして合い言葉はガッツ!なのだからして。
「いいからどいてください!!私は先輩方とお話にきたんじゃないんですっ!」
 人並みを強引に割って入ろうとするアンジェリーク。だがしかし多勢に無勢、あっけなくはねとばされて尻餅をつく。
「だ、だいじょうぶ?アンジェリーク〜」
 ロザリアが心配そうに声をかける。
「ロザリア!賢明なあなたがこんな娘に味方するってどうしたワケ?」
 別に味方しているつもりはない。こんなくだらない言い争いに巻き込まれるのはロザリアとしてもはっきり言ってゴメンなのである。
 しかし、生徒会役員として、いや自身の信条として、学内のもめ事を目の前にして見過ごすわけにはいかない。どうにか解決の方向へ導かなくては。
「先輩方の言い分も理解できますが…この娘も悪気があってしたことでは…それに」
「いいの、ロザリア!!かばってくれるのはうれしいけど、私こんなこと平気よ!!」
 いや、かばってるつもりは。そうロザリアが言いかけてもアンジェリークは聞く耳当然持たず、一段と大きな声で叫んだ。

「だって私のオスカー先輩への気持ちは誰にも負けないんだもの!」

 なにぃ。親衛隊がこの発言にキレたのは言うまでもない。彼女らの目の色がますます怒りの色を濃くした瞬間。
 アンジェリークは人垣に向かってすっくと立ち上がり、何かを構えた。
 廊下に据え付けてあった、消火器である。
「きゃああああ!」
 わき上がる阿鼻叫喚。ひるんだ敵に、消火器持ったまま体当たりかますアンジェリーク。戦いの火蓋は切って落とされた。
 ちなみに言っておくが、ここは由緒正しい名門私立、ここに通う女生徒はどこの世間でも「お嬢様」として問題なく通る、そんな学園なのである。そこで髪の毛ひっぱりーの、スカートずりさげーの、消火器ふりまわしーの、な取っ組み合いの喧嘩が行われているなど、とうてい人様には言えぬ由々しき事態である。
 ひとりこの状況にノッていけなかったロザリアだけが、呆然と廊下に立ちつくす。
 なんとか…なんとかしなくちゃ…私はオスカー先輩の跡を継いでこの学園を取り仕切っていくべき人間。ゆくゆくはこんな彼女たちをも規律正しく導いていかねばならないのよ。この事態を治めること、それは私に課せられた使命。
 そのとき、ロザリアの肩に手がおかれた。誰っ?
「ロザリアさん、耳をしっかりふさいで」
 用務員のパスハであった。そう言う彼の手にあったものは。

ぐわわわわああああああああああああんんんん……!!!!!

 銅鑼の音。であった。

 至近距離でこの音を聞いてまともに立っていられるものはいまい。取っ組み合いは瞬時に止まった。
 そしてパスハの背後にはとーうぜん、養護教師サラが、耳栓して立っていた。

「アンタたち!!!くっっだらないことに時間つぶしてる場合?愛しの生徒会長殿はもう保健室にはいないわよ」
 え。何だって。その場にいた女生徒たちがいっせいにサラに向く。サラは苦々しく舌打ちする。
「…ったく、人の言うことなんか聞きゃしない、窓からでも抜け出したのね…あっちじゃ剣道の試合なんかよりオモシロイこと、おっぱじまってるわよ」
 サラは顎で武道場の方向を指し示し、にやりと笑った。
「もちろん主役はあの三人。見逃したくなかったら、即GO!」
 その声を合図に、全員がまるでゲートを飛び出す競馬馬のように武道場へダッシュをかけた。
 もちろんサラとロザリアも後を追う。
 その後ろ姿を見送りながら、パスハは転がった消火器を元の位置に戻した。よかった。これぶち撒かれた日には…後の掃除が大変だった。心から安堵するパスハであった。

《続く》


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