リレー小説『踊るサクリア2』26 by WON

窓辺のハーブの水やりを終わり、小さなため息をひとつ。
今日は休日。いつも通りに目覚めたリュミエールだったが、朝食を食べに行く気にはなれず、本棚に手を伸ばした。
一日中部屋から出ずに過ごすには、あまりに何も無い部屋。参考書ばかりが並ぶ本棚から一番厚い『世界の故事・名言・ことわざ集』を手に取り、少しでも時間が潰せれば・・・と『発刊にあたって---編集の角度』から読み始める。
我々の生活とあらゆる場面で、言葉はいかようにも活躍し、その威力を発揮する。言葉は母語の違いこそあれ、人と人を繋ぐうえで人類がもつ貴重な財産である。
「・・・・・・・・・・・・・・」
目眩を覚える。
争いごとは嫌いなのに・・・いくら切羽詰まった状況だったとはいえ、話し合うことだってできたはずだ。それなのに何故自分は駆け出してしまったのだろう?正当防衛とはどの状況までを指す?相手の拳が顔面に向かってくる、それを避けると同時に自分の右手が堅くなる・・・脳のどこかで甘い感覚が蘇る。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!」
リュミエール手にしていた『世界の故事・名言・ことわざ集』を額に何度も叩き付け大きく頭を振った。
 
knock、knock。ドアがノックされた。
誰だろう?いや・・・きっと。
リュミエールは出るまい!と心に決め、物音を立てないように部屋の奥に張り付いた。
knock、knock。再度ノックされる。
knock、knock、knock。しつこい。
knock、knock、knock、knock、knock、knock、knock、knock、knock、knock。諦めそうにない。
knock、knock、knock、_____knock、knock、_____knock。モールス信号か!!
とココロでツッコミを入れたリュミエールは仕方なく鍵を開けると同時にほんの少しドアを外側へ開いた。
「よっ!」
そこに見えたのは、これでもか!と言わんばかりにくったくなく笑った赤い髪の大男(ちなみに18歳)。
間髪入れずにドアを引き戻すリュミエール。
もちろんオスカーとてそのタイミングは逃さない。完璧に閉じられる寸前ドアノブに飛びつく。
「リュ〜ミ〜エ・・・ル〜〜〜ッ!!冷たいぞ〜〜〜オマエ〜〜〜!!!」
「お・・・お引き取りっく〜だ〜さい〜〜〜〜!!リュミエ〜〜ルはおりません〜〜〜!!」
壁に足を掛け、ドアノブが引きちぎれんばかりにドアを引き合うオスカーとリュミエール。
「ちょ、朝食にも〜来ないから〜〜〜心っ配して〜〜〜来てやったのに〜〜〜〜っ!」
「ア〜ナ〜タ〜と違ってっ!私は食べない日も〜〜〜ある、あるんですっ!」
「昨日ぉは3人とも〜〜〜晩飯〜〜くぅ〜〜抜きだったじゃないか〜〜〜〜!!」
「だ、誰のせいだと〜〜〜〜〜思ってるんです〜〜〜〜〜〜!」
「さん、3人のせいだろぉ〜〜〜っっうわっっっ!!!!」
いきなり内側に引っ張られていた力が消え、外側だけに思いきり引っ張られた木製のドアはバキバキと音を立てて壁から外れた。
「おいっ急に離すなっっっ!」
勢い余って廊下に手をついたオスカーが見上げると、こちらに背を向けたリュミエールが立っていた。
「おい・・・」
「そうです。自分のせいです」
「3人のせいだろーが」
「いいえ、私が止めればよかったはずなのに・・・」
(あの状況はオマエが止めたところで)と、思ったが昨日の繰り返しになるだけだと思ったオスカーは言葉を継ぐのを止めた。
「オスカー、すいません。今日はひとりにしておいてください」
・・・わかった、とオスカーが言いかけた時、金槌が目の前に差し出された。
「オリヴィエ!」
「学園内の器物破損で連日呼び出し喰らっちゃ洒落になんないでしょーが、ほら!リュミちゃんも」
そう言ってリュミエールにはマイナスドライバーが渡される。
「・・・すいません」
「蝶番がイカれただけね」と言いながら短く切りそろえた爪は、もうピカピカに手入れされて工具箱から摘むように真新しい蝶番を取り出している。
寮生が遠巻きに見守る中、3人は静かに、しかし息の合ったリレーでドアを直していった。
 
東館の午前10時50分。
開け放した窓とドアからは風が抜け、その部屋で静かなお茶会が開かれた。
寮対抗球技大会の翌日の出来事である。

《続く》


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