◆ガジェット◆         
19

 オスカーはただ見つめているしかなかった。
「最初…お前さんが現れた時。俺は母星からの最後通牒が来たんだと思った。こんな星にわざわざ来る物好きなんかいやしねえからな。…だが違った」
 オスカーも最初の出会いを思い出す。どこか違う緊張を帯びていたのは、自分の後ろに母星を見ていたからだったのか。
「ま、俺もお前さんみてえに無謀に若かった時があるんだよ、それだけの話さ。自分のやりたいことにデカいスポンサーがついて舞い上がってた。戦闘用だろうがかまわねぇ、研究さえ続けられれば問題はなかったのさ…だが…」
 どこにでもあるような話。守護聖であればその一言で片づけられるような男の話に、何故かオスカーは席を立てずにいた。
「いや、もういいだろう?…俺もやることあるんでな。そうそう自分語りもしてられねえ」
「…やることってのはなんだ」
「まったく、随分聞きたがりだな」
 カルロスは呆れたように言った。
「あとでゆっくり調べようと思ってな、リセットして部屋に転がしてあるヨシュアの」
「リセット?」
 オスカーはその言葉に、何かスイッチでも入れられたように頭に血が上るのを感じた。思わず大声になる。
「リセットってのは…何だ!」
「何急に怒りだしてんだ?…ああ、世話になってたんだっけか、機械に情が移ったってわけかい。…リセットはリセットだよ。言葉通り、アイツの憶えた余計なことを全部消すんだ。熱くなって青春してるのに悪いが、そんなお前さんのことさえもう憶えちゃいねえよ」
「何だと?!」
「仕方ねえ、これもルールだ。ネリーには母星にでも行ったってことにするか…ウェイツの野郎みたいに送別会やってやれねーのが気の毒だ」
 静かに何かが胸の奥から湧きだしてくるのをオスカーは感じた。正義からも責任からも遠くかけ離れた、この男に対する単純な怒りだ。つくりものの世界で、神のように傲慢に振る舞うこの男。
「…ふざけるな…」
「あん?」
「ガジェットが人間ごっこしてるんなら…貴様がしてるのは神様ごっこじゃないか…っ!」
 オスカーは言い終わらぬうちにカルロスに飛びかかり、襟首を締め上げた。顔を歪めるカルロス。
「何様のつもりだ!!作った本人なら何したってかまわないってのか!!」
「…熱く…なるなよ…若造……」
 苦しいはずの息の下、カルロスは呻くように言った。
「神様なんてたとえごっこだろうが、…頼まれたって御免だよ。だがな…やめたくともやめられねぇんだよ…。こんな俺にさえ、首根っこにはがっちり輪っかが…はまってる」
「輪っか?」
「そうだ…いい加減わかれよ…俺は神様どころか、島流しの罪人なんだよ」
 オスカーは襟首はつかんだまま、それでも手はゆるめた。ようやっと地に足のついたカルロスは軽くせき込んでから、窓の外を指さした。オスカーも視線をその先にやる。
「あの丘…小さい建物が見えるか?あれはこの惑星にある唯一の母星直接管轄の場所だ。要するに見張り番だな。つまり母星は金とチャンスさえありゃまた『ガジェット』を使うつもりさ。俺もそのために生かされているだけだ。それまでに変な気起こして妙な真似しねえように。少しでもおかしな動きを見せれば、あそこにある自爆装置が起動して、この星ごとコナゴナだ。俺に言わせりゃ母星こそ神だろうな、この星のダイスを握ってる」
 オスカーはカルロスが口にする『母星』という単語に吐き気を覚えた。そして、その母星の前に何もできない目の前の男。
「貴様!利用されるだけだとわかっていて何故何もしない!」
「何もしない…俺に何ができるんだ!?この星には武器が山盛りだ。『ガジェット』は本来戦闘用でもあるんだ。いくら星に閉じこめたからといって母星が安心するわけがない。俺は…かわいいんだよ、ガジェットが!自分が作ったもんを守るにはこうするしかねぇんだ!」
 一気にまくしたてる男からゆっくりと手が離れる。オスカーは初めてこの…カルロス自身の台詞を聞いたような気がした。
「…あんた、オスカーって言ったっけな」
 オスカーを見上げるカルロスの目の色はすでに今までとは違っていた。
「プレイスター計画が持ち上がった時、俺はガジェット一体一体に名前をつけた。単にプログラムの一部…だったが、作った俺にさえ、いや俺が作ったからか?情みてぇなもんを感じるようになった。科学者失格、ただのマニアだったってわけだ」
「何がいいたい?」
「いや、結局はマニアなんだよ。自分の範疇でしか創造も破壊もできねぇ…自己完結の世界だ。何も変わらねぇ」
 閉じられた世界、身動きすらとれない。何も変わらない………いや。
 
「変わらないことはない」
 
 そう呟くオスカーの声は打って変わって低く、カルロスを睨む瞳には、今まで感じたほどのない光があった。カルロスは思わず言葉を失った。
 総毛立つほどに、何かが身に漲る。
「俺が証明してみせる」
 そう言うオスカーを見上げ、カルロスはただ呆然と呟いた。
「何者だ?……あんた」
「俺か?」
 話してくれた礼代わりに教えてやろう、とオスカーは口の端を上げた。
「お前みたいな生き方が気に入らないってだけの、ただの通りすがりだ!」
 オスカーはきびすを返しアッという間に哀れな男を置き去りにして、駆けだしていた。

 後悔と諦めと、諦めきれない想いが交錯するだけの長い時間。誰に話すこともできず、夢の跡形に囲まれながら、はかりしれない孤独の中にひとり。誰も訪れないこの星、何も起こらない…気楽な職場…楽園。
 そんなもの俺はまっぴらだ。


 リュミエールは手元の書類を呆然と見つめる。話はすべて終わって、書類の何を読んでいるわけではない。顔を上げる気力さえ失っているのかもしれなかった。
 母星は計画が進むにつれ…それが予想以上の結果を出し、予想以上の予算を食うことに恐れおののいた。本末転倒。自分の仕掛けた罠にかかるのではないかという不安。母星は持て余し、あげく放置することに決めた。いや、この星ごと、そんな計画は無かったことと忘れようとした。秘密裏に行われていたこと、知る者は口をつぐむ。それで問題は無い。手を下さなくとも時がすべてを解決してくれる。
「概ね理解しました。ありがとう…パスハ」
 とりあえず、リュミエールはパスハに礼を述べた。
「いいえ、リュミエール様。此度のことは、偶然とは言え皆様からのご報告がなければこうまで早く内容を把握することは不可能でした。王立研究院としてこちらからお礼を述べなければなりません」
「……いえ、あなたが礼など……」
 深々と頭を下げられ、どこかいたたまれない。
「別に具体的に何が起こっている訳ではありませんし……既に計画は中止されているものなのでしょう?今更…」
「いいえリュミエール様。何か事があってからでは遅い、また再開することも考えられます。宇宙の均衡を守るため、不安要素や将来に危険を及ぼすの可能性のあるものを事前に把握し、未然に防ぐことこそ我々王立研究院の使命」
「そう…ですが…」
 きっぱりと、満足げにそう言い放つパスハ。
 あくまで聖地から見た視点での話。自分達がこの星に来ることがなければ、聖地とて知る由も無かった話。パスハの言うことが間違っているわけではない。が、こうしてこんな話をしている自分も含めて、どこか身勝手な理屈を振り回している気分になるのも確かだ。
「…このことは…すでに陛下に?」
「いえ、いまだ。こちらにはその『ガジェット』自体の詳細が未だ少ないもので…調査報告を待ちながら、今、報告書の作成に尽力している最中です。それに御前報告にはオスカー様、オリヴィエ様、リュミエール様もご一緒のほうが良いかと」
 御前報告。リュミエールは顔を上げ、パスハに問いかけた。
「もちろん最終的な決定は陛下が下すものとして…パスハ、あなたに伺いたいのですが。この一件…この惑星のことをあなたはどう報告し、どう対処すべきと陛下にお伝えするつもりですか」
「はい。フラーバの思惑が現実どのようなものかは、はっきり致しませんが…少なくともヴィスタおよび今現在ある『ガジェット』については完全なる機能停止をもって至急処理するべきだと」
「処理…」
 そう言ったきり黙ってしまったリュミエールを見て、パスハは不思議そうに言った。
「ええ。いかがなされましたか、さほど意外な意見では無いと思うのですが」
 不安要素。将来に危険を及ぼす。処理。自分を取り囲む言葉はいつもそんな風に一方的で傲慢で、殺伐としているものなのか。それとも今、そう聞こえるだけなのか。
 …パスハは知らないのだ、その『ガジェット』達が、どのようなものであるか。たとえ書類上で詳細のデータを見知ったところで、良くできた機械として感嘆はしても、それで終わる。当然至極と“完全な機能停止をもって処理”を命じることができるだろう。人間と等しく暮らし、喜び、悲しみ、誰かを想って…それが実際どういう『機械』か、出会ったものにしかわからない。出会った、自分達にしか。

「リュミエール様…リュミエール様…!」
 モニターからのパスハの声に、はっと我に返る。
「あ…申し訳ありません」
「たった今、フラーバからの追加報告が。…他のお二方はお近くにはいらっしゃいますか?とにかく一刻も早くにお戻りに」
「ああ…オスカーとオリヴィエは今…ここには…。もちろんそう遠くへは行っていませんが」
 パスハの顔色が途端変わった。
「リュミエール様、それは誠にございますか?!いったい、お二方はどちらに!どのくらいで移動装置までお戻りになられるのですか!!!」
「急にどうしたのです、パスハ。そんなに声を荒げて」
「すっかり…お側近くにおられるものと…」
「申し訳ありません、まったくあの二人は…。どのくらいで、というのははっきりしたことは言えないのです。何せ」
「それでは問題なのです!」
 パスハはリュミエールの言葉を遮って叫んだ。
「リュミエール様、今届いたフラーバからの報告に……すでに……衛星α-Kは自らの手によって破壊する準備が整っていると……!」
「な…っ!」
 王立研究院からの突然の調査が、母星の腰を上げてしまったのだ。忘れ果てていたものを思い起こさせてしまったのだ。聖地への忠誠を疑われるのなら、今更こんなことで聖地から介入を受けるのなら。既に中止されて久しく、再開するつもりも今はない計画など、惑星ごと抹消してしまうがいいと。
「それは…時間の猶予は…どのくらい…?!」
「報告書に明記はありません。むろん、こちらからの調査が実地に入っていることはフラーバも承知。そうすぐとは…しかし…そんなに長く滞在するとは思っていないでしょう…猶予は、あったとしてもそう長くはないはず。こんなことなら実地の調査に赴いたのは守護聖様方であったと…せめてこちらからの連絡まで何ら動きを見せぬよう伝えておけばよかった」
 動揺と悔恨で声を震わせるパスハ。
「リュミエール様、とにかく。何としてでも残りのお二人を至急に!こちらもその間、フラーバ及び陛下以下守護聖様方に報告し、緊急の対策を…」
「待って!!報告するのは待ってください!」
 ほぼ無意識のうちにリュミエールは大声を上げていた。驚いた顔で黙るパスハ。
 頭で考えるよりも先に口が動く。
「パスハ、フラーバがいかな方法でこの星を破壊しようとしているか、今わかるのなら教えてください、そしてとりあえずでも回避の方法を」
「…何…を、おっしゃっているのです、リュミエール様!方法などわかりません、それを調べているより、回避工作などしているより御三方がお戻りになるほうが先決です!守護聖様の御身の生命に関わることっ!」
 この星はフラーバの所有物だ。母星のこの判断は当然至極で、かつ尊重されるべきだ。惑星への干渉の禁止。今、自分の言っていること、これからしようとしていることは、守護聖の権限を越えている。すなわち聖地への、女王陛下への反逆行為。
 でも、それでも。
「今はあなたの理解を得るに十分な説明ができません、時間が無いのでしょう?」
 時間に猶予があったとしても、上手く説明などできるか怪しいものだった。リュミエール自身、自分が何故こんなことを思うのか、自己分析している暇さえない。リュミエールは必死であった。

「…これは命令です」

 このまま、この星を見殺しになど…できない。
「当然私達3人の生命の無事は最重要として考えます。宇宙から今3つもサクリアを失うわけにはいきません。後のことはどうにでもなります、陛下からの厳罰とて覚悟いたしましょう」
 守護聖として、自分として。この命令を下しているのはどの自分だろう。…そんなことは既にどうでもいい。立場や考え方や使命、責任。あらゆるものは変わるだろう。だが、自分自身は変わるのか?どちらも自分だ、紛うことなく。守護聖である自分も、その使命を離れた個人としても。切り離して考えることなど不可能なのだ、何を言っても。たとえそうありたくとも、誰がどう自分を見ようと。すべては内包し混在し、己が在る。
 この星を守りたいと思うこと。それは感情論…同情の類とはすでに違う。ここで『自分』の意志を無視することはできない。この身がひとつなら、心もひとつのはず。
「お願いですパスハ。回避方法を!…今はこの水の守護聖の命令に従ってください、私の気が違ったとでも思ってかまいませんから!!!」
「リュミエール様…」
 そのまま言葉を失って、モニター越しにリュミエールを見つめるパスハ。
 たぶんおそらくパスハとて、このような水の守護聖を見たことは無かったであろう。
「…承知いたしました。御命令に従い、今後の方針を」
 パスハは手元の書類を見つつ、冷静にリュミエールに報告しはじめた。
「この報告書によると、惑星の破壊はフラーバからの遠隔操作で、ヴィスタに従来から設置してある自爆装置を起動させ行われるとあります。設置個所は…」
 モニター上に地図があらわれる。駐屯地の敷地内。リュミエールは場所の詳細を記憶した。
「起動の制止方法について具体的な記述はありません。至急調べましょう。モニターの下にパネルがあります。そこを開いてください」
 言われたとおり、パネルを開く。携帯型の通信機器。
「それをお持ちになってください。リュミエール様がその場所に移動される間にこちらで調査し、必ずご連絡いたします。王立研究員責任者としての誇りをもって、何としてでも」
「わかりました、ありがとうパスハ。感謝します!」
 リュミエールは小さな通信機を握りしめ、その場を離れた。

 

<つづく>


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