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20

 森をどのように戻ったかすでに記憶は無い。体が壊れるかと思われるほどの全力疾走でリュミエールは、森の入り口に待っているガイの元へとたどり着いた。挨拶もそこそこにネリーの家に向かって欲しいことを伝え、ガイもそれに従った。  車は悪路をひたすらに走る。どうみても尋常でないリュミエールの様子に、ガイはハンドルを握りながらこちらの様子をうかがっては不安げにまた前を向いた。彼の気持ちはわからないではなかったが、とにかく息と気持ちを整えることに集中したかったリュミエールは、何も話さず黙ったまま助手席に深く体を沈ませていた。

「…着いたけど」
 サイドブレーキを引いて、ガイはおそるおそる、といったようにリュミエールに言った。
「ありがとうございます」
 リュミエールは穏やかに微笑む。
「このまま、あなたは降りて…ネリーの様子を見てやってくれませんか?」
「え?あんたはどっかへ行くわけ?これから?」
「ええ…お願いばかりで申し訳ありませんが…この車を私に貸していただきたいのですが」
「…それはかまわないけど…運転は?できるの?」
「ええ」
 当然慣れてはいない。しかし事が事だ、彼を巻き込むわけにはいかない。基地へは…自爆装置までは自分ひとりで行くべきだ。…起爆してしまったらあまり意味は為さないことではあるけれど。
「何とかなります」
 わかった、とガイは頷いて、キーをつけたまま運転席を降りた。ドアを閉め車の外から開いた窓越しに声をかける。
「…そういや他の二人は?連絡しなくていいワケ?少し待ってからにすれば戻ってくるかも」
 オスカーとオリヴィエ。諍いの後、それきりだ。彼らがどこにいるか、リュミエールにもわからない。だが…それをただ待っている時間は今はない。
「信じていますから」
 自分に言い聞かせるような呟き。
「信じるって…そんだけ?あんたら、超能力でもあるの?」
「超能力はありませんが」
 リュミエールは空を見上げた。そして疲労色濃い顔に、笑みを浮かべた。
「ガイ、あなたが思うよりずっと…私達は長いつき合いなのですよ」
「…ポールさん…」
 ガイはリュミエールの強くきっぱりとした言葉にあっけにとられたような顔をした。しかしそれから「そういうのわかるよ」と、笑った。
「俺もさ、ヨシュアとは幼なじみだしさーなんだかんだ言ってあいつのことは信じちゃってるとこあるんだよね」
 言いながら嬉しそうに大きく頷くガイ。
「こないだもさぁ、店で使ってるコンロがさー」
「コンロ?」
 リュミエールの素っ頓狂な声が思わず遮った。
「そ、コンロ。あの鍋かける」
「いえ、あの、そういうことではなくて、ですね」
 それ以上は言わず、リュミエールは運転席に体を移した。
「とにかく……急いで行かなければ……!失礼します、ガイ!」
 走り出す車を見送りながら、ガイはその顔に疑問符を浮かべ呟いた。
「…何が違ったんだろ…?」


 オスカーは大きな木の幹にもたれかかり、目の前にある建物をじっと見つめている。
 カルロスの言った自爆装置。この星の首にしっかり食い込んだ時限爆弾の輪。
 これさえ無ければ、彼らは自由になる。たった一時のこと、すぐにまた同じものが設置されることになるかもしれない。この星から出ることすらできない。ただ、自分は。
「母星のそんなやり方が気にくわないだけなんだ」
 一方的な都合で作っておいて手に余ったら放り出す。責任も取る気が無いくせに、隷属と服従だけは強制し、身勝手に権利を奪うこの理不尽な圧力。
「炎の守護聖としても許せないな。強さは、そんなふうに示すもんじゃないぜ」
 しかし。だからといって無闇に手を出すことができない。下手に動けば、もろとも木っ端微塵。この何の変哲もない、小さな建物が何によって反応するのかさえ自分は知らない。標的を目の前に、手も足も出ない自分が歯がゆかった。
「だが、諦めるわけにはいかないんだ」

 オスカーがそう低く呟いた瞬間。背後で微かに葉擦れの音が聞こえた。警備兵?
 オスカーは微動だにせず全神経をその気配に向けた。その気配の主もこちらに気付いているのがわかる。
「…おい」
 オスカーは振り向かず声をかけた。

「聞こえてるなら返事をしろ!…オリヴィエ!!!」

 しばしの沈黙。オスカーはゆっくりと振り返る。
「はぁい。…妙なところで出会うねぇ。すっごい偶然」
 予想に違わず、そこにはオリヴィエの姿があった。
「フッ…偶然?俺にはわかってたぜ」
「…へえ。信じて待っててくれたとでも?」
 相変わらずの憎まれ口。
「アンタにとって許せない裏切り者なんじゃなかったワケ」
「まったくな。信用ならないって頭じゃ思ってる、今もな。だがな」
 オスカーは苦々しく言った。
「そんな理屈じゃないところからうるさく聞こえてくるんだ、困ったことにな。…知ってるだろ?俺が何を一番に信じるか、なんてこと」
「…直感…」
 何よりもその体を突き動かすもの。
「さっすが、本能のままに生きるオトコ」
 オリヴィエは呆れたように呟いた。
「…ま、今回に限ってはワタシも似たようなもんだからねぇ…」
「あぁ?」
 オリヴィエの口振りに急にいきり立つオスカー。
「言いたいことがあるならはっきり言え!大体お前はいっつもいっつも大事なことをそうやって言わない!」
「…何でもかんでも言やぁいいってもんでもないでしょ?アンタと違ってデリカシーあるからね、言葉選んだりしてんのよっ!」
「デリカシー?笑わせる、お前相手にそんなもの。とっくのとうに馬の餌にでもしちまったぜ!」
「馬の餌ぁ?たとえにしたってもーちょっと…」
 言いかけてオリヴィエは口をつぐんだ。売り言葉に買い言葉。いつものこと。飽きるほどくり返した似たような会話。
 オリヴィエは急に笑いがこみ上げてきて仕方がなくなった。
「……何だよ、急に黙るなよ」
「…ごめんごめん、なんかおかしくって」
「おかしい?まだそうやって俺をバカに…」
「だから違うって!ちょっと待ってよ!」
「じゃあ、何なんだよ」
「…何があっても、それこそ馬鹿みたいにお互いに…同じよーなことやってることがおかしかっただけ」
「……そりゃあ……ちょっとやそっとじゃ変われないだろ、人間」
 オスカーがバツ悪そうに声のトーンを落としそう言った。
「はは…。“ちょっとやそっと”って言っちゃっていい、ワケ?」
「だーーーーーーっ!!!」
 オスカーは大げさに頭を振った。
「いいか、オリヴィエ。俺は今だってお前のしたことは許せないさ、理由も言い訳さえも聞いてない、納得しようがない!」
 オリヴィエを真っ直ぐ見据える蒼い瞳。
「だが!お前はここに来るし、俺はそれがわかってた。理屈じゃないんだ、仕方ないじゃないか!これ以上面倒くさいのはごめんだ!!」
 そう大声で言い放ち、しばしの沈黙のあと、再びオスカーが改めて、言った。
「待ってたぜ、オリヴィエ。お前なら来ると思ってたよ、ここに」
「ワタシも。でもってたぶんリュミエールもね☆そう遠くなく来る。そんな気がする」
 オスカーは頷いた。
「ああ、間違いないな。それでいつも通りだ」
 そう笑ってオスカーは再び建物に視線を移した。
「…で、オリヴィエお前どう思う?あれ」
 あごで指し、オスカーは寸暇も惜しいというようにせっかちに、オリヴィエに意見を仰いだ。オリヴィエは困惑に口ごもる。
「あれ…って、それがさぁ……」
「ん?なんだ?お前も知っててここに来たんだろ?」
「知ってて、というか聞いて…ま、そこはどうでもいいんだけど…でもさ、何かってのは全然わからないまま。とにかくこの場所に何かあるんじゃないかってそれだけで」
「全然…って何も?これっぽっちも?」
「うん…一体何なの、この建物。オスカー、アンタは知ってる?……あれ?どうしたの、オスカー」
 がっくりと肩を落としつつ、オスカーは独り言のように呟いた。
「おいおい……何にも知らないで勘だけでってお前…マジかよ……」
「うん、マジマジ。もうね、途中なんかまるでアンタが乗り移ったみたいに直感勝負。日頃はもっぱら冷静沈着がウリだけど〜、アンタの姿見たときにさ、うっそ当たり?ってちょっと自分でもスゴイって感心よ〜」
「…お前なぁ…そんな、感心してる場合か…?」
「何そのバカにした顔。ついでに言っちゃうケドね、ここに来たの、ワタシのほうが先だからね!ほんのちょっとのところでアンタがガーっと追い抜かしてったんだから!」
「兎と亀の競争かっ」
「あれ、ソレちょっとたとえ逆じゃな〜い?」
「まだ、言うかーーーーーー!!!」
 とうとう、オスカーの怒号が辺りに轟いた。

 

<つづく>


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