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「あれ、ヨシュアは?」
 夕食の片づけを終えてリヴィングに戻ってきたネリーは、居間でくつろぐ3人に向かってそう聞いた。
「アイツならさっき部屋行ったぜ、眠いとか言って」
「そーなの?…なあんだ、せっかく急いで終わらせてきたのに」
 ネリーはつまらなそうな声を上げる。手に持ったトレイに乗った皿にはフルーツが綺麗に盛りつけてある、彼女としてはこれから腰を落ち着けてゆっくり皆と団らんしようと思っていたのだろう。
「まあ不思議でもないか。今朝はあの人にしてはすっごい早起きだったから。昨夜も遅くまで飲んでたんだし…それにしてはあなた達は元気ね」
「フッ、疲れるような事は何もしてないぜ」
「きゃはは、オスカーなんかただでも体力余りまくりだもんね、今から外でも走ってくれば!そのほうがよく眠れるんじゃない」
 オリヴィエは笑って、それからネリーに向かって言った。
「確かに睡眠時間はちょっと少ないけど、眠いって時間じゃないよ。平気」
「この星で過ごす最後の夜です、すぐにベッドに入るのは少々味気ない気もいたしますしね」
 リュミエールも穏やかに笑って続く。ネリーは嬉しそうに顔をほころばせた。
「そう?じゃあ、ちょっとだけ」
 彼女はトレイをテーブルに置いて、壁際の食器棚に歩む。棚の扉を開いて人数分のグラスを取り出した。
 暖炉に向かって、それを囲むように置かれたソファ。おのおの自由なペースでグラスを傾け、話題は他愛ない内容で途切れることなく続いて夜は更けゆく。
 オリヴィエが大あくびをした。
「あー、ワタシもちょっと眠くなってきたかな…」
「おいおい、もう?まったく、お前も若くないな」
「体力だけで若さはかる考え方自体がおっさんくさいっての、オスカー!」
 オリヴィエは立ち上がった。
「…ごめん、ネリー、ワタシは先に失礼させてもらうことにするよ。後はこの二人がきっちりやるから!」
「ふふ、ありがと。ゆっくりやすんで」


 ほどよくアルコールも入って、気分が良い。鼻歌さえこぼれそうに、何故か上機嫌であった。
 これならよく眠れそうだと、オリヴィエは思いつつ二階への階段を上がる。最後の一段を上がりきると、廊下にそって手前から規則正しく並ぶドア。この家は部屋数が多い。これならば下宿屋を開いても問題無いだろう。
「あ、そか。もう既にひとりいるんだったね、下宿人」
 ひとり呟き自分の為に用意された部屋のドアノブに手をかける。何の気為しに視線を廊下の奥にやった。階段の吹き抜けを囲むように廊下は直角に曲がり、その先は暗くてよく見えない。
 突き当たりもただ部屋があるだけかな…。
 つい、好奇心が湧いた。廊下をたどってちょうど曲がり角のところに来ると、やはり正面にはドア。しかし、そのドアには他と違って大きくガラス窓がとりつけられていた。そこから覗いているのは夜の闇だった。
「なるほど、ベランダね」
 そういえばオリヴィエの部屋からも出られる仕組みになっていた。家を半面をぐるりと廻って、ひとつながりになっているベランダ。このドアはどうやら部屋を通過せずにベランダに出る為のドアのようだ。
「今朝リュミちゃんに声かけたのは階段の踊り場の窓だったもんね☆」
 歩み寄ってガラスから外を覗く。
 よく見えないが人影らしきもの。ヨシュア?
 ドアをそっと開ける。
「寒っ!」
 冷たい夜気が堰を切って室内へ流れ込み、オリヴィエは思わず声を上げた。当然、気付かれないわけがない。ヨシュアは木製のデッキチェアのような椅子の背ごしに振り向いてオリヴィエを見た。
「ああ、マイク。どしたの?下はまだ盛り上がってんじゃん?」
 ベランダの下方から、笑い声が聞こえる。
「ワタシはちょっと先に失礼しちゃったんだけど…アンタこそ。盛り上がってんのわかってんなら降りて行けばいいじゃない?」
「あんまり星が綺麗だからさ。ついちょっと、って思ったら何だか出遅れた」
「…ああ、ホントだ」
 オリヴィエも空を見上げる。とたん、くしゃみがひとつ。ヨシュアが言った。
「コート着てくれば?少し冷えるけど、風は無いから結構いられるもんだよ」
「オッケー、じゃあ呼ばれてみよっか。ちょっと待ってて」
 オリヴィエはコートを取りに一旦部屋に戻った。


 ネリーが言う。
「あの人…マイクって…ちょっと独特の雰囲気よね。あ、もちろん悪い意味じゃないんだけど。親切だし、すごく気も遣ってくれるし」
 リュミエールが、悪くなど受け取っていないという意味で微笑んで頷き、それから続けた。
「何となくですがわかりますよ。…そうですね、長くつき合ってみないとわからない事は多いほうだと思いますし、彼は」
 オスカーが吐き捨てるように言う。
「俺に言わせれば未だにわかんないことだらけだぜ」
「そうなの?たとえばどんな?」
「なんで男なのに化粧するのか、とか」
 ネリーは吹き出した。
「あっはは、そういうこと?聞いても教えてくれないの?」
「聞いたことも無いのでしょう?オスカー」
「さあ、どっちだったかな…聞いたような気もするし…忘れた」
「私が思うに、きっとそれはあなたが納得できるような理由ではなかったんでしょう」
 ネリーとリュミエールは顔を見合わせ笑った。
「結局、オスカーにとって…当然私もですが、理由がどうでもあまり気にならないということ」
 とるに足らない小さなこと。“理由”などいつもそんなものだ。
「二人とも、マイクのことが好きなのね!いいわ、素敵。そういうの」
「そんな言葉はレディ相手に言いたいぜ、俺は」
「そーお?恋愛だと終わっちゃうこともあるじゃない。友達同士のがずっと一緒って感じしていいけどな〜」
「おいおい、彼氏と同棲しながら言う台詞じゃないぜ?」
「うふふ、そうね、そうかもね」
「ええ、二人はとても良い関係に見えますよ。ほんの数日共に過ごした者から見ても。そちらのほうこそ羨ましい」
「はは…そう、見える?」
 赤面を隠すためか、ネリーはボトルを手にとった。ふたりのグラスに酒を注ぎながら彼女は続ける。
「先のことはわかんないけど今はとりあえず安定してるって感じかな。もし何かあったとして…別れたら面倒くさそうだし。ほら、狭い村だし、顔つき合わせちゃうじゃない、どーしても!この星、ここ辺りに住むしかないんだもの」
 オスカーがからかうように言う。
「恋愛に安心は大敵だぜ、お嬢ちゃん!宇宙は広い、この星じゃなくても住むところなんざいくらでもある」
「うん、そうなんだけど。でも母星に行く船が復旧するのっていつかもわからないし…とにかくそれまではどこへも行けないのは事実だし。もちろん、だから大丈夫って話じゃないんだけどね。二人の気持ちが一番だけど!」
「それがわかってれば大丈夫だ」
 オスカーとネリーの笑い声が部屋に満ちる。
 リュミエールはそれを眺めて穏やかに微笑みつつ、また今朝と同じ心臓の鼓動を聞いていた。せめて彼女の前では忘れようと思っていたのに…。まるで耳の横に心臓があるかのように強く大きく響く。
 穿って見ているから些細なことにいちいちひっかかってしまうのだろうか。無理矢理に、すべてのことを歪め繋げて考えてしまっていないか?

 少なくとも、自分の中では整理してから持ってこい。

 …推測でものを言うのは良くないことだ、だが、考えるのをやめてしまってはいけない。
 落ち着いて、ゆっくりと。自分にそう言い聞かせながらリュミエールは気付かれないように深く息を吸った。今彼女が言ったことを一言一言反芻してみる。

 母星、ひいてはどこへも、行くことができない。
 ならば…あの『送別会』というのは何だったのだろう?

「あの、ネリー?つかぬことをお伺いしますが」
 リュミエールは出来うる限り平静を笑顔の下に押さえ込んで、あくまでもさりげなく口を開いた。
「この村には軍隊の駐屯地がありますが、いわゆる徴兵制、というのは無いのですか?たとえば適齢の…ヨシュアやガイが一定期間でも兵役に従事するというような」
 唐突な質問に目を丸くしながらも、ネリーは気さくに答えた。
「無いわ、だって駐屯地の人達はみんな母星の人だもの。軍隊全体が母星の直轄で、この村とは関係無いのよね。まあ戦争してるわけじゃないし、言ってみれば警察の代わりみたいなもの?守ってもらってるの、お母さん星にね」
「なるほど、理解致しました」
 リュミエールは、ありがとうと一言礼を言ってすぐさま話しを切り上げた。
 ふと横を見るとオスカーが強い視線でこちらを見ている。一瞬目が合って、それからオスカーは何変わらない口調でネリーに言った。
「名残惜しいがそろそろお開きにしようか?結構な時間だ。楽しい時間はすぐ過ぎるな」
「そうね、私もさすがに眠いわ。そうしましょう」
 リュミエールも頷いて、二人はネリーにおやすみの挨拶をしてドアへ向かった。

 ドアを閉じてすぐ、オスカーはリュミエールの顔も見ず、低い声で言った。
「…今のは、何だ。リュミエール」
 リュミエールは表情を沈ませ、意を決したようにオスカーに向いた。
「少し…気になることが…。オスカー、話を聞いていただけますか」

 

<つづく>


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