◆ガジェット◆         
06

「ったく、もっと丁寧にできないのっ運転手!!」
 腕をつっぱって必死の形相で身体をささえながらオリヴィエは叫んだ。
 道が悪い。その上大したスピードだ。大きくはねるように揺れるたび、腰や肩がぶつかる。大きな岩がところどころ行く手をはばむようにあり、その合間を縫うように車は進む。すでに道といえるようなものでもない箇所もあった。
「これじゃあ転げ落ちちゃうじゃないさ!」
「文句を言ったところで状況は変わりませんよ」
 リュミエールの声がいさめる。その彼の長い髪を強い風が煽る、そんな状況さえ無ければ、まるで自分の部屋でお茶でも飲んでいるかのような落ち着き振りだと、オリヴィエは彼を見て呆れた。
 彼らふたりは小さなトラックの荷台の上にいるのだ。ヨシュアが森まで乗り付けてきた車だ。二人乗りであるので、必然的にふたりは幌も何もないむき出しの荷台に追いやられた。
「わかってるわよ、そんなこと。でもアンタと違ってね、言いたいことは言う主義なのっ!」
「…どんなところであろうと文句は言えないと言ったのはあなたではありませんか」
「そーだけどっ!」
 憤懣やるかたないといったふうに叫ぶオリヴィエを横に、リュミエールは視線を他へやった。
 飛ぶように過ぎ去る景色は、緑もまばらな荒れた土色。この星についてから今まで、時間を意識しなかった。おそらくまだ日暮れには少しばかり時間があるのだろう、空はどこまでも白灰色に高く、晴れているわけではないが妙に明るい。広いだけの空全体にたれ込める雲が、景色とは異なるスピードで、どこかを目指しゆっくりと流れる。得もいわれぬ不安がリュミエールの心を沈ませた。
「いったいオスカーはどこへ行ったのでしょうか…。このような見知らぬ土地で」
 本当に捕らえられてしまったのだろうか、無事だったのなら書き置きに気付いてくれるだろうか。気付いたところで再び会うことは果たして本当にできるのか…?
 オリヴィエは微笑んで、リュミエールの背を軽く叩いた。
「今それ言ったって仕方ないじゃない。ま、アイツのことだ、大丈夫」
 がくん、とまた大きく荷台はバウンドした。ふたりの体がぶつかる。
「とっ、とにかく!こんなのは聞いてないわよ!玉の肌があざだらけになっちゃうじゃないよ〜〜っ」
 オリヴィエがそう怒鳴ると同時、トラックが女の悲鳴のような急ブレーキ音を上げて、乱暴に停止した。運転席の窓が開いて、ヨシュアが顔を出す。
「じゃあ、降りて歩いて行くかい?」
「急に会話に参加しないでくれる、ヨシュア。こっちは荷台で勝手にやってんだから」
「はは、そりゃ邪魔して悪かった。…いや、もう村はそこだからさぁ、乗り心地悪いんなら歩いて行っても。30分もあれば余裕で着くよ」
「…お気遣いどーも」
 ヨシュアのひとことで、オリヴィエはクールダウンした。ここまできて放り出されてはたまらない。
「ああ、でも本当に…ここは高台になっていて村が一望できるんですね。素晴らしい眺めですよマイク」
 脈絡というものを全く無視し、リュミエールが感嘆の声を上げた。
 まったく、この星についたときはあれほどの動揺を見せていたくせに、つい今まで顔を曇らせていたくせに。腹が決まればこの余裕。確かに、道が悪いくらいで文句を言う自分が馬鹿に思えてくるオリヴィエであった。そんなリュミエールの肩に手をかけ、「どれ」と荷台から身を乗り出して眼下に広がる景色を見る。
 今までろくすっぽ色の無かった風景に、唐突に、身を寄せるようにひとかたまりにある赤茶の集落。
「へえ、レンガ造りでカワイイじゃない。村とか言うからもっとひなびてんのかと思った」
 ヨシュアは答える。
「家が木の小屋じゃないからってひなびてんのには変わりないぜ。空き家も随分あるし、じゅーぶん過疎だ」
 そうして彼は再び、エンジンをかけた。
「ま、村でも町でも呼び方はどーでも、もうすぐ着くから。居心地についてはもうちょっと辛抱してくれ」


 酒場の貧相なドアにつけられた銅製の小さなベルが、けたたましい音をたてる。ドアの乱暴な開き方にこれ以上似合うものもないといった大声。
「おいヨシュアはいるか!」
「ああ、カルロスさん。どーも」
 店主とおぼしき若い男が、床掃除のモップを動かす手を止め顔を向けた。
「…あれ、そちらさん誰ですか。初お目見え。知り合い?」
 とぼけた声で男は聞いた。もちろんオスカーのことである。
「まあな、って、コイツのことはいいんだ、俺の質問に答えろ。ガイ」
「まったくせっかちなんだからなぁカルロスさんは。いっつもこうなんですよ、おたくさんにもそう?」
 ガイはオスカーにむかって苦笑した。
「そうかりかりしたってね、物事変わらないんだし。たまには息抜きしてね、うちの店でゆっくり酒でも…」
「……だからっ!そういう話してんじゃねえ、ヨシュアだ!」
 のんびりとした性質の人間というのは、なにがせっかちな人間をせっかちたらしめるかを理解しないものだ。この不毛なやりとりに、オスカーは少しだけ聖地の光の守護聖と地の守護聖を思った。
 そこへ、今度はとても先ほどのベルと同じ音源と思えない軽やかな音が店内に響いた。
「あれ…開店前から随分盛況ね?ガイ」
 女の声だ。いっせいに視線はその声に振り向いた。
 手に野菜やらなんやら、たくさんの食材をかかえ、にっこりと微笑む若い女。白シャツにジーンズ、いささかラフすぎるスタイルだが…美人だ。
「あ、ネリー。いつも悪いね、そこらへん置いといて」
「オッケー」
 ガイの言葉に従って、彼女…ネリーは側近くのテーブルの上に、どさりとその荷物を置いた。
「今日はいつもより多かったからね、重たかった〜」
 しみじみそう言って、ふうと一息つく彼女に今度はカルロスが声をかける。
「仕事とはいえ、こんな店にいつまでも出入りしてるとろくなこたぁねえぞ、ネリー」
「ふふ、カルロスさん、相変わらず。ちょっとお久しぶりよね?お元気でした?」
「見てのとおりだ。それ以上でも以下でもねえよ」
「ご用事、続けてくださいね…で、この方は?」
「おいおい。どっちなんだ?用事をすませて欲しいのか、コイツ紹介して欲しいのか。…まあネリーも年頃だしな、興味あるってわけかい?」
 カルロスは意地悪く笑った。親子ほども年が違ってもやはり女性にはいくらか物言いも柔らかいカルロスである。
「いやあね、そんなんじゃないけど。…ほら、やっぱり珍しいことにはつい」
 軽くいなしてネリーはオスカーを見た。
「ごめんなさいね、興味本位で。気にしないでください」
「ああ、こんな美しいレディに興味を持たれるのは光栄だ、かまわないぜ」
「ふふ、なら良かった」
 オスカーの台詞もまた、同じように軽く流された。
 カルロスが話題を戻す。
「それでだ、許可も出たんでもう一度聞く。ガイ、ヨシュアがどこにいるか知ってるか?…どうやらここにはいねぇようだが」
「今はいないねー、どこに行ったかも知らないよ。またいつもの?森には近寄るな〜ってアレ?そういやアイツ、今日トラック借りてったもんなぁ。…毎度毎度ご苦労さん、って言いたいとこだけど。いー加減カルロスさんのほうが諦めたほうがいいんじゃない?」
「諦めるとか諦めないとか、そういう問題じゃねえ。ルールは守ってもらわねぇとこっちが困るんだよ!」
「…まあね、それがお仕事だもんね〜」
 ガイはやれやれといった調子でそう言って、ネリーの持ってきた食材の品を確認するためにカルロスの横を通り抜けた。
「ま、そのうちトラック返しに来るでしょ。待ってる?いつになるかは保証しないけどね」
「じゃあそうさせてもらおうか」
 カルロスが近くの椅子を引いた途端、「あ。」とガイが何か思いだしたような声を上げた。
「カルロスさんさ、今晩うちに来る予定無かったよね?」
「今晩?今晩も何もこんな店来る習慣はねえよ」
「じゃーダメだ、今日は遠慮して」
「なんでだ…今晩?……ああ、アレか、あれ今日か」
「話聞いてる?なら早い」
「ウェイツのやつの送別会だろ?一応俺にも話だけは来るんだ、お互い行くわけねえって思いながらな」
「はは。カルロスさん思うほどみんなから嫌われてないよ。送別会にも出りゃいいのに。今から出席扱いする?」
「ごめんだな」
 カルロスの即答に、ガイは笑った。
「そう言うと思ったけど。…で、そんなワケで今晩はうちも貸し切り。ヨシュアには俺からもよく言っておくからさ〜〜〜」
「………まあ、そういう理由じゃ仕方ねえな。俺も若いもんの和気藹々を邪魔するのは主義じゃねえ」
 意外にものわかりのよい男であった。こういったところが「思うほど嫌われてない」所以なのであろう。
「じゃ、明日でいい、俺んとこに顔出すように言ってくれよ、あの野郎に。来ねえならこっちから行くってな」
「ほいほい。言っとく言っとく。悪いね〜」
「別にお前のせいじゃない。悪いのはあの馬鹿野郎だ。じゃ、せいぜい仕事に精出せ」
「………話まとまったところで申し訳ないが」
 立ち上がるカルロスを引き留めたのは、ずっと事のなりゆきを聞いているしかなかった余所者、オスカーである。
「で、俺はどうしたらいい?」
「あ、そうだったな。すっかり忘れてたぜ」
 もうどうでもいい、といった風にカルロスは言った。
「ここに残ってりゃいいんじゃねーのか?とりあえず」
「…それでいいんなら、こっちとしては言うことは無いが…」
「明日ヨシュアが来るまで、おめえさんの相手してんのも面倒だ。後は勝手にやってくれ。あ、あいつら来るかわからねえけど、もし見た顔いたら一応隠れろよ。…その目立つ風体じゃ遅えか!」
 がははは、とカルロスはひとり笑った。あいつら、というのはオスカーを捕らえた二人のことだろう。
「じゃあな、健闘を祈るよ、若造!連れ見つかったらとっとと帰れよ!」
 皮肉っぽい笑みを浮かべて一瞥してから、カルロスはさっさと店から出ていってしまった。あっけにとられる残された3人。ベルの残響は、「肩すかし」の音というものがあるのなら、まさしくぴったりの効果音に思えた。
 一瞬の間の悪い空気のあと、ガイが口を開く。
「…………聞いていい?アンタ、誰?」
「えっ?俺?俺はオスカー」
 急に、あまりに純粋な疑問を問いかけられて、ついて出た言葉は間抜けな自己紹介であったことに、オスカー自身いささかの自己嫌悪をした。
 オスカー同様、ずっとだまってそこにいたネリーが言った。
「ヨシュアに用事、なんでしょ?」
 まるで助け船でも見つけたように大げさに振り返るオスカー。
「そうなんだ、察しがいい、レディ!連れがどうやら世話になってるらしくて」
「ふうん、じゃ待ってなよ」
 ガイは呑気にそう言った。あまり深いことは気にしないタイプらしかった。
「カルロスさんにはああ言ったけどさ、ヤツならそう遠くなくここに来ると思うよ」
「ありがたい!感謝する」
「困った時はお互い様よね。別に椅子ひとつ貸すくらい、ガイじゃなくても気にしないわ」
 ネリーは軽やかに笑う。
「いや…旅先の親切は身にしみるものだ、レディ。俺は一生この恩を忘れない…」
 すっかりいつもの調子を取り戻したオスカー、その手はすばやくネリーの白い手に重ねられていた。と、その瞬間。
「………うっ!!………」
 オスカーは短いうめきとともに頭を抱え床にうずくまった。そしてその足下には転がって回転している…フライパン。追い打ちをかけるように、聞き慣れた声。
「あなたと言う人は……どれだけ人が心配したと……」
 激痛に耐えつつ顔を上げると、そこには怒りに震えるリュミエールと、我関せずを決め込むオリヴィエの姿があった。
 ネリーは慌ててしゃがみ込んで言った。
「ど・どうやらいきなりお連れさんには会えたみたいね?…大丈夫?」
「だい…じょうぶ、だ…レディ」
 無理に見せる笑顔、やはり“懲りる”という言葉はオスカーの辞書には無かった。

 

<つづく>


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