見てないようで見てる

ぼく、またあのゆめを見たんだよ。
ぼくはそこではいつも鳥なんだ。しろい鳥。そこはいつもお天気で、お花もいっぱいさいててね。きれいなかっこうをしたいろんなひとたちがすんでるんだ。ぼくはいつでもすきなだけ空をとびまわって、すきなところへいけるんだ。まずね、ぼくのお気に入りは「おりう゛ぃえ」ってなまえのひとのいえ。だってこのひと、すごくきれいなものいっぱいもってるんだ。おかあさんがよくデパートでみとれてためいきついてるような、ゆびわだとか、ねっくれすとか。でね、いつもはみてるだけなんだけど、こないだはちょっといたずらしたくなったんだ。


「ねえリュミエール!!マルセルどこにいるかしらない?」
 ただならぬ剣幕で、オリヴィエはリュミエールの執務室に飛び込んできた。
「どうしたのですか。マルセルが何か?」
「あの子がっていうより、あの鳥よ!」
「チュピの事ですか?」
「そう!!どうやらあの鳥、ワタシの指輪があんまり綺麗なもんだから、もってっちゃったらしいのよ〜」
 憤懣やる方ないといった調子で、オリヴィエは舌を打つ。
「何かの間違いでしょう?チュピがそのようなこと・・・」
「だって二階のワタシの部屋にあったんだよ?ちょうど窓開いてたし・・・ちょっと目を離したスキのことだもん、鳥でもなけりゃなんだっていうのよ!忽然と煙みたいに消えたとでも言うの?ああ、湖に落とされでもしたらぁ〜〜〜。あれここ最近で一番気に入ってたヤツなのにーーー!!」
 一気にまくしたてる夢の守護聖に、リュミエールは呆れてため息をついた。
「そのようなこと・・・あなたも大人げない」
 オリヴィエとてわかっているはずだ、いくらチュピが賢い鳥だからといってたったそれだけでチュピの仕業とは到底断定できない。
「大体、そのように大事なものを開け放した窓辺に放置しておくほうが無責任です」
「あっそ、泥棒の肩持つわけ?」
「また極論を」
 言い終える前に、オリヴィエの長い爪がリュミエールの鼻先に突きつけられる。
「・・・今リュミちゃんに聞きたいのはね、責任の所在じゃなくってチュピの居所、指輪のありかよ!その質問にまず答えて」
「ならば、私は知りません。チュピも指輪も」
「・・・サンキュ。お忙しいトコ悪うございましたっ!」
「どう致しまして」

 ぼくはそこでは鳥だから、てはつかえない。くちばしにゆびわをくわえたまんま、空をとんでたんだ。たかくとび上がると、おひさまがちかくなって、ゆびわがきらきらってひかって。きれいでうれしくて、ぼくはうたをうたったんだ、鳥だからね。鳥はうれしいとうたをうたうんだよ。そしたらね、くちばしからゆびわがおっこっちゃったんだ!きらきらひかりながらゆびわはあっというまにみえなくなった。ぼく、ちゃんとあとでもとのところにかえそうっておもってたから、とってもこまっちゃったんだよ。ぼくはあわてていっしょうけんめいさがしたんだ、きらきらのゆびわ。でも、みつからなかったんだ・・・。


「リュミエール!」
 執務室の扉が開くのを待ち切れぬように声が飛び込む。
「これはオスカー。珍しい・・・私に何か?」
「オリヴィエ、来てないか?こっちで見かけたって聞いて来たんだが」
 随分尋ね人の要請の多い日だ。
「確かについ先ほどここへ。ですが今はどこにいるかは」
「そうか・・・頼みたいことがあったんだがな。ま、いいかアイツじゃなくても」
 そう残念そうでもなく、オスカーは言った。リュミエールは微笑んで、執務のペンを机においた。
「私で力になれることなら伺いましょうか」
「そうか?じゃあ・・・お前のとこに、何かこう・・・小さい、手のひらにのるくらいの空き箱はないか?」
「空き箱?何に使うのですか?」
「いやな、こないだデートをすっぽかしたんでその詫びに・・・あ。ま、いいじゃないか、細かいことは詮索するなよ、リュミエール」
 勝手に照れる炎の守護聖に、リュミエールは呆れてため息をついた。
「・・・別に詮索などする気はありませんよ。私が聞きたいのは何を入れるのか、ということ。ひとくちに小さな箱といってもいろいろあります、協力しようにもそれだけでは」
「なるほど、もっともだ。実は入れたいものってのはこれなんだが」
 小さな、華奢な指輪だった。
「なかなか美しいだろう?」
 すぐさまオリヴィエのことが頭を過ぎったが、彼の手指にはいささかサイズが小さすぎるようにも見えた。
「どなたかに贈り物なのですか?ならば箱だけでなく包み紙やカードやリボンも」
「そこまではいい。モノがモノだ、深い意味を取られても困る。・・・・お前も男だ、わかるだろ?そこらへん」
「はあ・・・」
「失礼にならない程度でいいんだ」
 オスカーにとってどこまでが失礼であるのかが今一つわからなかったが、とりあえずその問題は後回しにしようと思うリュミエールであった。
「そうですか・・・箱・・・さすがに今ここには無いですね、私邸にならいくつか適当なものがあるかもしれません、持ってこさせましょう」
「そうか、悪いな!」
「では、いっときこの指輪をお預かりしてよろしいですか?」
「了解だ。後でまた来るぜ。ありがとうリュミエール!」
「どう致しまして」

きっとだれかがひろってもっていっちゃったんだ、あんなにきれいなゆびわだもの。ぼくはがっかりして、つかれちゃったから、木のえだにとまったんだ。「りゅみえーる」ってひとのおへやのまえの大きな木でね、ぼくのお気に入り。まどからきれいなおんがくがきこえてきたりして、そんなときはいっしょにうたうんだ。鳥だからね。鳥はきれいなおんがくがだいすきなんだよ。でもその日はうたわなかった。だっておんがくはきこえてこなかったし、まどからのぞいたらおへやのつくえのうえに、あのゆびわがあったんだ!すごくうれしかった、きっとこのひとがどこかでひろったんだね。ぼくはだれもみてないすきにぱっととりかえした。だまってもっていくのはわるいことだけど、ぼく鳥だし、しかたないよね。それに「りゅみえーる」ってひとだってだまってもっていったんだし、おあいこだよ。これでもとのところにかえせばきっとだいじょうぶだって、ぼくはいそいでゆびわをくわえてとんでにげたんだ。でもせっかくかえしにいったのに、「おりう゛ぃえ」ってひとのへやのまどはしまってた。のぞいてもみたけど、だれもいない。


「リュミちゃーん、リュミエール〜!」
 リュミエールの執務室の前、扉を叩くオリヴィエの声が響く。その声に反応したのはリュミエールではなく通りがかったオスカーだった。
「オリヴィエじゃないか、どうした?」
「ああ、オスカー。見ての通りよ、リュミちゃん知らない?ここにはいないみたいなのよね〜」
「いない?おかしいな」
「ちょっと頼み事あったんだけどなあ」
「お前もか?俺も実はアイツに頼み事してて・・・その件で来たんだ、だからいないはずは」
「へえ。アンタがリュミエールに頼み事?こりゃ雨が降る」
「はん、雨は困るぜ。俺は今夜はおデート!だからな」
 オリヴィエの軽い皮肉も鼻にもひっかけないといった調子で答えるオスカーであった。
「相変わらずだねえ、まったく。なんの悩みもなさそうで羨ましいったら」
「そういうお前は、その極彩色のアタマを悩ますトラブルでも抱え込んでるってのか?」
「そうなのよー、捜し物。あちこち探してんだけど出てこないのよ。だからさ、リュミちゃんと一緒にクラヴィスんとこ行こうと思って。もー最後の手段」
「はは、困った時の水晶球頼みか」
「そーそ。溺れる者は藁をも掴むってね」
 酷い言いぐさである。人に物を頼む態度ではない。
「リュミちゃんが一緒なら、その気になってくれるかな、って」
「はは、クラヴィス様よりリュミエールを口説き落とす方が難だぜ。『そのようなことであの方のお手を煩わせるわけには参りません!』とかって断られるのがオチだな、そりゃ」
「やっぱ駄目か〜。・・・で、アンタは何の用なのよ、頼み事って」
「ま、野暮用さ。とにかくリュミエールがいないんじゃ仕方ない、出直すか」
 二人は共に部屋の前を去った。
 そのやりとりに聞き耳をたてていた、部屋の主は扉の内側で深い深いため息をついた。
「・・・・・どう・・・致しましょう・・・・・」

このまま夜までかえってこなかったらどうしよう。ぼくは夜まではいられないんだ、だって鳥だからね。鳥は夜になるまえにみんなおうちにかえるきまりなんだよ。ぼくはがっかりして、つかれちゃったんだ。鳥もたいへんなんだよ。たまにはどこかで休まないとさ。そんなときにいくところもちゃんとあるんだよ。「くらう゛ぃす」ってひとのところ。ここは鳥のきゅうけいじょなんだ。りゆうはしらないけど、そうほかの鳥におしえてもらったんだよ。だからぼくはそこへいったんだ。そこにはやっぱりほかの鳥がたくさんいて。おともだちにあうとうれしいでしょう?ぼくはうれしくなって、みんなといっしょにうたったんだ。鳥はうれしいと・・・ってそれもういったね。・・・・そう、それでやっぱり・・・うたったら・・・また・・・・。ゆびわはきらきらひかりながら、ちょうどバルコニーにいた「くらう゛ぃす」ってひとのあたまにむかって・・・。


 やや傾きかけた陽射し差し込むオリヴィエの部屋。どうせ暇をつぶすなら、とオスカーも同行して来ていた。
 主が帰ったのを知って、使用人が声をかける。闇の守護聖からの言付けがあるとのことだった。クラヴィスからオリヴィエになど、それこそ雨が降ると笑いながら、オリヴィエとオスカーは手渡されたものを同時のぞきこんで、そして声をあげた。
「これ・・・・!」
 使用人は己が責務を遂行するために、闇の守護聖からの伝言を読み上げる。水晶球で持ち主を探ったところ夢の守護聖に行き着いたので届ける、と、彼らしい素気ない内容であった。
「嘘みた〜い、もう半分諦めてたのにーーー!!もしかしてリュミちゃんがクラヴィスに頼んでくれたのかなあ?嫌ねーもう、ああやって何だかんだ言いつつね、優しいんだよね、リュミエールってさあ!そう思わない、ねえ、オスカー!!」
 オリヴィエは歓喜に満ちた声で隣の男の肩をばんばんと叩く。それを横目に、炎の守護聖の肩はがっくりと落ちる。
「なんだ・・・それ、お前のだったのか・・・」
 オスカーの呟きに、怪訝な表情のオリヴィエ。
「・・・それ、どういう意味?」
 オスカーはその指輪を拾ったこと、そしてその後の経緯をやや言いごもりながらも、正直にオリヴィエに言った。オリヴィエは事の次第に呆れるしかなかった。
「アンタさあ・・・拾得物はきっちり届け出なさいよねーーーー!まったく、何考えてんのよ!!」
「いやまあ・・・そうなんだが・・・つい、な。こういう幸運もあっていいかと」
 さすがに言い訳のしようもないオスカーは遠く日暮れゆく窓の外を見る。あれほど楽しみだった今後の予定も一気に光を失って・・・・。
「そうだ!オリヴィエ、それ譲ってくれ!!それで万事解決だ!」
「何でよ!!これ、気に入ってんのよ!何の為に今日一日大騒ぎしたと思ってんのよー!」
「いいじゃないか、どうせいっぱい持ってるんだ、ひとつくらい!!大体、お前の指には細すぎるだろう?その指輪ー!」
「これはね、ピンキーリングっていって、小指用の指輪なの!!」
「頼む、このとおりだ、オリヴィエ〜〜〜〜!!」
「・・・・じゃ、あれと交換ならいいよ。前からワタシが飲ませてくれっていってたアンタ秘蔵のワイン一本」
「・・・・・・足下見るなぁ・・・・・お前」
 
ゆびわはすぐに「くらう゛ぃす」ってひとがもっていっちゃって、それっきり。他の鳥がおしえてくれた、あのひとはめったにそとにはでないんだって。バルコニーにいたのもめずらしいんだって、あきらめたほうがいいって・・・。うんがわるいってこういうことをいうんだよね。ぼくはがっかりした。もうおひさまはかたむいて、そのうち夜になるじかんだ。ぼくもうかえらないといけない。そこにいてもしかたがないし、また空にとびあがって、きづいたら「りゅみえーる」ってひとのへやのまえの、お気に入りの木のところまで来てた。よくかんがえたら、このひとがゆびわをもってっちゃったのがいけないんだよ。ぼくはほんとうに、ちょっとちかくでみたかっただけで、すぐにかえすつもりだったのに。


「リュミエール様!失礼します!!」
 両手いっぱいに花をかかえて、マルセルがリュミエールを訪れていた。
「あ・・・ああ、マルセル。これは・・・美しい。どうしたのですか?」
「ええ、僕、今日一日他惑星にでかけていたんです。緑の守護聖の執務で。そこでいただいたお花、リュミエール様におすそわけしようと思って」
「それはありがとう、お気持ち嬉しいですよ、マルセル」
 リュミエールは花束を受け取って、微笑んだ。
「つかぬことを聞きますが・・・」
「なんでしょう?リュミエール様」
「チュピは・・・一緒だったのですか?」
「?・・・え、ええ。それが何か?」
 無邪気に疑問を隠さないマルセルに、リュミエールはそんな質問をした自分を即座に猛省した。オリヴィエのことは言えない。無意識とはいえ、人・・・というか鳥をそんなふうに疑う自分の醜さ。リュミエールの表情はなおも沈む。
「ご気分が悪いんじゃですか?リュミエール様、お顔の色が・・・」
「い・いえ、心配はいりませんよマルセル。大丈夫です」
「きっとお仕事のしすぎですよ。あ、そうだ!僕、伝言頼まれてたんだ。オリヴィエ様から」
「オリヴィエから?」
 先ほどの思考が読まれたかのように感じて、心臓が強く打つ。しかしそれは意外にも酒宴の誘いだった。
「リュミエール様にお礼がしたいって。秘蔵のワインを開けるから、とかって嬉しそうに」
 指輪が見つかったのだろうか。しかしお礼というのは?
 昼間の素気ない態度に対する、彼一流の皮肉かもしれない。
 ・・・・そう思った途端、またもリュミエールは猛省した。いけない、今の自分は誰の言葉も素直に受け取れていない。
「そう、ですか。その酒宴には・・・オスカーも来るのでしょうか?」
 そうであったらオリヴィエには悪いが、到底顔など出せない。
「オスカー様?たぶんいらっしゃらないと思います」
 マルセルはやけに確信を持って、言った。
「さっき、とても楽しげに口笛ふいて、お出かけになってましたから」
「オスカー・・・が?」
「ええ、きっとまた、聖地を抜け出して遊びに行くんだなって、すぐわかりました。でも、リュミエール様も、時にはオスカー様みたいにお出かけになったりしたほうが良いかもしれません。見習うというのもヘンだけど」
 そう言ってマルセルは軽く頭を下げて、軽やかな足どりでリュミエールの部屋を出ていった。
 一体どうなっているのか。リュミエールの頭には疑問符がわくばかりだった。
 背後の、開け放たれた窓から冷えた風が入り込む。振り返ると木の枝ごしに、今まさに落ちようとしている美しい夕陽。そして小さな白い鳥がこちらを見ているのが見えた。
 ここは二階。窓は一日開いていた。あの場所からなら、一瞬で小さな指輪くらい取って逃げることが可能かもしれない、鳥なら・・・あのような小鳥なら。
 瞬時リュミエールは三度の猛省をした。疑うのはもうやめよう。小鳥のささやかな悪戯だったとして今それが何になろう。すべては、良かれと気軽に安請け合いをして一瞬でも無責任に放置し失した、自分が悪いのだ。
 明日、オスカーに謝ろう。あの小鳥の羽根のように真っ白な心で。

もうすぐおひさまはしずむ。ぼくかえらなくちゃ、っておもってふりかえったら、まどのとこに「りゅみえーる」ってひとが・・・・。木のえだにいたぼくを、じーっっっとみてたんだ。ゆびわのことでぼくをうたがってるのかもしれない。あのひとのところからゆびわをとったのはぼくだけど、でもあれはもともとあのひとのじゃないのに。ぼくもまけずにみたんだ、そしたら、そのひと、きゅうにぼくにむかってわらいかけたんだ。かんがえてることがわかるのかも。ぼく鳥なのに!!
・・・・ぼくね、ゆめでいつものそのばしょへいくの、すごくたのしかったんだ。鳥になって空をとぶなんてことゆめでなきゃできないし、そこはきれいでいろんなひとがいっぱいいて・・・。でも、ぼく、たぶんもうそこへはいかないとおもう。なんかこわいんだもん。

(終)


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