小説『薔薇色の日々』             最終章

 気がつけば、さして難なく外に出ていた。だからといって足は止めない。雨上がりでぬかるむ道を彼らはとにかく全力疾走した。追手は無いか時折振り返ってみるが、とくに気配はない。後ろには次第に遠くなる、塔の姿が枯れ木立の上に見えるのみだ。
 思えば既に馴染んでいたこの城、この領地。滞在した城を後にし、額に汗した馬場の横をすり抜け。感傷に浸る間もなく、駆け抜ける。
 城を囲むかっこうの、深い森の奥で、彼らはようやく足を止めた。
「ここまで・・・くれば・・・大丈夫だろう、取りあえずは。相手は何も軍隊じゃない」
 オスカーでさえそれだけ言うのがやっと、他の二人など頷くこともできず肩を上下させているだけだ。太い木の幹に寄り掛かり、3人は塔を見やった。
 尖った塔の突端が、煙に包まれている。3人に同時予感が走った。
 直後、離れたこの場所にも届く軽い爆発音が聞こえてきた。塔の先が砕けちる。元より古びた塔だ、他愛もない。
「結構間があったな」
 オスカーが呟く。その後も次から次へと引火しているのであろう、爆発音は続き、火が散った。
「なんかキレイだねぇ」
「不遜な・・・いやでも・・・」
 リュミエールが言いごもったのには訳があった。オリヴィエの言う通り、それはいやに美しかった。オスカーもオリヴィエも、腑に落ちないといった表情をしている。3人は無言で、長く尾を引いては空に弾ける色とりどりの光を見つめていた。
 色、とりどり・・・?
「あーーーーーーーーーーーっっ!!!」
 オリヴィエが指を差し大声を上げる。
「な。何事ですか、オリヴィエ?」
「あれ、爆弾じゃない!花火だよ!」
「花火〜〜〜?」
 3人は再びその方向を見る。丁度大きな火の大輪が、暗くなりかけた大空に見事に開いた瞬間だった。オスカー、オリヴィエ、リュミエールの三人はいろんな意味で言葉を失うしかなかった。

 

「お礼としちゃ洒落てると言えなくもないな」
 歩きながら、オスカーが言う。彼らは既に帰途につこうとしていた。命は結果、果たされた、もう城に戻る必要は無い。オリヴィエは不満げに答える。
「でもさあ、普通シケるんじゃないの?ああいうもんて」
「そこにサクリアがなんら関与しているのでは?」
 リュミエールの言葉をオリヴィエは大笑いして茶化した。
「それって炎のサクリアだよねー絶対!」
「・・・炎のサクリアは乾燥剤じゃないぜ」
 オスカーがオリヴィエを睨み飛ばす。
「ですが、花火なのですから炎、というのはイメージ的にも近い。あながちオリヴィエの言うことも」
「それを言うならだな、ああいうものは人の心を癒すためにあるもんだ、お前のサクリアだ」
「そういった考え方ならば、花火など美しく夢溢れる・・・」
「二人とも、連想ゲームやってんじゃないんだからさぁ」
 3人はくだらぬ会話にやや脱力し、また黙々と歩き続ける。

 しばし経ってオリヴィエは、もう既に見えなくなっている、城の方向を振り返った。
「アレを領主に渡して帰る時、どんなこと思ってたかな、かつての御三方は」
「もう少しここにいたいと思ったかもしれませんね」
「俺達と違って大歓迎だったわけだしな」
 その昔、この地に訪れた自分らと同じサクリアを持つ守護聖達。礼を残して行く程だ、さぞかし歓待を受けたのだろう。ここで彼らが何を思い何を見たのか今の自分達には知る由も無いが、それでもひとときの自由と幸福を得た彼らの心中を思えば、何故か我が事のように自分達の心にも穏やかに喜びが満ちてくるような気がした。
 聖地において、守護聖として、己に与えられた聖なる力を女王に捧げる。自分達と同じ運命を背負った3人が、時を隔ててここにいた。今はもう会うこともできない彼ら、その姿さえ記憶におぼろだ。しかしこうしてかつて彼らがいた場所に立っていると、どうしようもなくある、繋がりのようなものも感じる。
「結局私達が来ようが来まいが、結果は同じことだったような」
「まあね、そんなもんなんじゃないの?」
「そのわりには随分とハードな日々だったがな」
 今は3人ともに、かつての守護聖達を責める気持ちはない。
「でも終わってみれば、結構面白かったんじゃない、たまにはこういうのも」
「喉元過ぎれば熱さを忘れる、ってヤツか?」
 リュミエールは呆れ顔だ。
「学習、という言葉をご存知ですか、あなた方は・・・」
 オリヴィエが妙に真面目顔で言う。
「昔はそういうことも思ってたような気もするけど〜、何かアンタタチといると」
「俺達でいると・・・なんだ?」
「そういうのって役に立たないよーな気もしてるんだよねえ、ワタシ」
 深くため息をついたのは水の守護聖。
「この3人でいると何故か・・・不測の事態が起こりすぎるんですよ」
「はっはっは、確かに!その通りだぜ、リュミエール」
「笑い事ではすみません」
「いーや、笑い事ですましといたほうが良いんじゃないの?お互い嫌でもなっが〜〜〜いお付き合いになるんだし」
「そう、深く考えたところで、不測の事態は起きるんだからな」
 それに、と炎の守護聖はつけ加えた。
「今、俺達は同じ気持ちなはずだぜ?・・・・・・ルヴァ、覚悟してろよ」
 その言葉に当然二人は異議を唱えなかった。

「結局、ルヴァがアレ何だったか知りたかっただけなんじゃないの、今回のこの話」
「絶対・・・教えてやらん!」
「大人げない、と言いたいところですが・・・それはルヴァ様も同じこと」
 疲れた身体を奮い立たせるに、新たな目標は効果的だった。彼らの足どりも聖地に向かっていつの間にか力強い。
「大体、最初からおかしな話だったんだ、サクリアを物に込めるとかなんとか、そんなことできるわけが・・・」
「そりゃ言い切れないけどねぇ、実際花火もろくろく確認しないまんまだったしさ。気持ちをぐーっと込めちゃったら知らず知らずに、ってことだって」
「・・・・あ・・・・・」
 リュミエールが思わず足を止め、後ろを振り返る。
「どうしたリュミエール」
「私の・・・描いた絵が・・・」
「何〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
「まさか・・・よもや・・・いえ・・・・」
 さすがに彼にもまたあの城、あの領主の側に戻る気にはなれない。
「絵は未完成ですし・・・別に特別な感情も込めたつもりは・・・」
 呟くように言ってから、水の守護聖は顔を上げた。
「・・・大丈夫、ですよね?」
「俺に聞くな」
「・・・もーメンドくさいしさぁ、大丈夫ってことにしとこ。事が起きてもそこはそれ!ただ・・・リュミちゃん」
 オリヴィエは空を見上げた。
「ソレさ、日記に書いて残したりだけはしないであげてね、未来の守護聖様の為に」

(終)

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