暗闇から手を伸ばせ             第六章

 地の守護聖は二人の話を黙ったまま、聞いていた。その沈黙につい言い訳がましくなるオリヴィエとリュミエールだった。
「私らは一応止めたんだよ?でもさー思いこんだら、の猪突猛進だからさぁ」
「それが彼の長所でもあるとはわかっているのですが・・・」
「あれほど会いには行くなっつったのに・・・。アイツ、恋愛のプロだとか言って、同情と愛情の区別ついてないとこあるから・・・妙な展開してなきゃ良いけど」
「私も・・・それを思っていたところです、オリヴィエ。情に厚いのは良いのですが、相手が思い入れのある女性であるとなると・・・いささか・・・」
「だからってどうなるもんでもないけどねー。結局は帰って来なきゃなんだから」
 未だなお、黙って聞いているルヴァだった。彼は湯気の立つ茶を飲みながら、じっと何か考え込んでいるようだ。
「・・・ルヴァ様、いかがなされました?何やらお顔の色がすぐれませんが」
「ああ、私は別に大丈夫ですよ。ただ・・・」
 彼は立ち上がった。
「これはここでお茶を飲みながら話し合われるべき話題ではないようです」
 彼の言葉にオリヴィエとリュミエールは驚いて目を見張った。
「え・・・・?ちょ、ちょっと待ってよ、ルヴァ!」
「少なくともジュリアスとクラヴィスには伝える必要がありますね。・・・これから集いの間に参りましょう、オリヴィエ、リュミエール」
 いつもと同じ穏やかな彼の声には、有無を言わせぬ何かがあった。
 
 
 集いの間に介した面子はまだ3人のままだった。ルヴァから連絡を受けている筈のジュリアスとクラヴィスはまだ姿を見せていない。しかし場には既に重苦しい雰囲気が漂っていた。これでは全員揃った時のことが思いやられる。
 何とか少しでも雰囲気を明るくしておこうと、オリヴィエはルヴァに話しかけた。
「ねえ・・・一体どういうことなわけ、これ。雁首揃えて相談するほどのこと?オスカーなら、待ってればそのうち戻ると思うしー、あんま意味無いんじゃない?」
「私もそう思います。オスカーはああ見えて責任感の強い人です。言ったことは守る」
 リュミエールもオリヴィエの気持ちを察して、相槌を打つ。
「既にあなた方との約束は破られていると聞きましたけれど?違いましたか、リュミエール」
 ルヴァの、いやに静かな声。二人は向かう敵の手強さに一瞬黙った。
「事なきを得れば、それはそれでかまいません。別にオスカーを糾弾しようというのではないのです、この集いは。私達が話し合うべきは、最悪の事態への対処です」
「なんか大袈裟すぎない?最悪の事態ってどういう状態よ。このままオスカーが戻らないっていうこと?そんなに心配ならルベリにお迎えやればすむことじゃない。居所は知れてるし、万一そこにいなくても、探せないってことないでしょ」
「オスカーは自分の意志でその惑星に赴いたとのこと。ならば自らの意志で戻ることが大前提でしょう?無理に連れ戻すことは得策ではない」
「無理?何を指してご無理と言うのですか?オスカーは未だ帰っていないというだけで、ここに戻らないと決まった訳ではないはずです」
「決まった訳ではない、というだけです。可能性としては否定できない」
 ルヴァは頑なに意見を曲げない。こんな彼は珍しかった。
「可能性って、そんなこと言い出したらキリないよ。天地がひっくり返ることだって無いとは言えないんだから、誰にだって」
「そう・・・天地がひっくり返ることだってあり得ます。それはそう遠くない未来かもしれない」
 ルヴァは言った。たとえ話にしてはやけに口調に現実味があった。言い知れぬ不安に襲われ揺らぐ心を抑えるように、一息ついてからリュミエールは言った。
「確かに・・・オスカーのしたことは守護聖としてどうかと、私も思っています。しかし、彼がここへ戻らないなどということは少しも思いません。関わりのあった惑星を心配するあまり聖地を抜け出すことくらいはしても、それも一時の感情。冷静になれば彼ほど守護聖という立場の責任の重さを知っている者はいないとさえ」
「ま、ヤツのご主人ほどじゃないけどね〜」
 オリヴィエのわざとらしくもある笑い声が場に反響する。

「その、一時の感情、というのが一番問題なのではないですか?」
 ふと二人が見たルヴァは無表情だった。
「ゼフェルやマルセルのような経験の浅い年若い守護聖達とは違います。この聖地に長く身を置き、自身の立場やその責任を重々承知な筈の者が、一時の感情で軽々しく規律・・・いえ女王陛下の御意志に背くということ自体が、私には問題に思えます」
「そんな!」
「私の言うことは間違っているでしょうか」
「・・・・・・・・・」
 思わず叫んだリュミエールだったが、その後に続ける言葉は見つからなかった。オリヴィエは事のねじれた展開に、何か考え込んでいる。何か、変だ。いつものルヴァではない。

「ルヴァの言うとおりだ」
 守護聖の首座のよく通る声が響きわたった。
「遅れてすまぬな。事情は既に聞き及んでいる」
 ジュリアスはルヴァに向かって言ってから、場の面々を見渡した。
「クラヴィスはまだ来ていないのか。まったく職務怠慢甚だしい」
「・・・別に集まるほどのことじゃないって、わかってるんじゃない?」
 オリヴィエが憎々しげに呟いた。ジュリアスが答える。
「炎の守護聖が聖地から失われているという事態が、そなたにとってはさほどの小事か」
「ジュリアス、物覚えが悪いねえ。何度となく同じことでオスカーにお説教食らわしてるのは、他でもないアンタでしょうが」
「そうだな、では炎の守護聖は度重ねて自身の立場を忘れているということになるな」
「揚げ足をお取りにならないでください」
 リュミエールがジュリアスに食ってかかる。
「私とオリヴィエの疑問は、通常なら注意ひとつですむことが、なぜ今回に限りこのように話し合われるのか、いえ、おっしゃるほどに大事ならば、なぜ守護聖全員で話し合うことをしないのか。そういったことです。明らかにおかしいではありませんか!」
 ヒステリックな声をあげる水の守護聖に、ルヴァは顔を沈ませた。
「・・・まだ・・・皆には言うべきではないと思って伏せておいたことがあるのですよ、リュミエール、オリヴィエ。でも、とりあえずあなた方にはお話するべきいい機会かもしれないと、私は判断したのです。ジュリアスも同意してくださった」
「伏せておいたこと?」
「現女王陛下のお力の限界が近い」
 ジュリアスの口から重々しく告げられた事の内容に、オリヴィエとリュミエールは絶句した。

「徴候はまだわずかです。だから私たちとクラヴィス、ディアしかこの件を知るものはいません。あなた方、そしてオスカーには折りを見て、と思っていました。それが今日とは思っていませんでしたが」
「ルヴァ・・・それとこれと・・・」
「オリヴィエ、今からお話します」
 ルヴァは息を整えて、話し出した。
「女王陛下はおひとりで、この宇宙を支えておられる。我等のサクリア同様、そのお力も永遠ではない。限界は知らず訪れる。兆しはまだ誰も気付かぬほどわずかです。しかし、そこかしこの惑星で均衡は失われている。そう問題にならぬ程度であっても。リュミエール、あなたとオスカーの行った惑星も、そうですね?」
 異常気象。あれほど豊かだった惑星を見舞う、均衡の崩壊。
「バランスを崩したまま滅び行くのか、再び復活するのか。それは今の段階では何とも言えません。単なる巡り合わせなのか、陛下のお力の限界によるものなのか、見極めは難しい。しかし、私たちにその判断を誤ることは許されません」
 ルヴァを後押しするように、今度はジュリアスが言う。
「判断を誤ることは元より、我等自身が元凶を作ることなど到底あってはならぬことだ」
「ルベリにとっては、オスカーが元凶だっていうの?!」
「決めるに早すぎます!いくらなんでも」
 あまりの言葉に口々に反論するオリヴィエとリュミエールだった。
「落ちついてください、二人とも。私もジュリアスも、そんなことは言っていません」
「何事もなくオスカーが戻ってくればそれで良い。それが最良の結果だ。ただ、我等は聖地にいる者として、守護聖として、ありとあらゆる事態に最善をつくさなければならぬ。前もって備えるに尚早ということは無い。最悪の結果を招かぬ為にもな」
「・・・・・取り越し苦労だと思うよ。あの星の異常とオスカーのこの件に、宇宙の云々なんて、陛下のお力なんて、偶然だよ。アイツの単なるスタンドプレーだ」
 オリヴィエは自らに言い聞かせるように言った。
「誤解しないでください、オリヴィエ、リュミエール。私とて、いつもと同じちょっとしたルール違反で済めばいいと、心から願っているのですよ」
「では・・・チャンスを頂けないでしょうか、私たちに」
 リュミエールが懇願の瞳を二人の先輩守護聖に向けた。
「チャンス?」
 ルヴァが聞き返す。
「彼を行かせたことには私達にも責任があります。それほどの大事ではないとの判断は私達にもあった・・・。今もその判断を間違いとも思っていません。それを証明するためにも、彼を・・・迎えに。ルベリに行かせてください」
「・・・そうだね、それがいい。こんなとこで可能性の話してるよりも建設的だ。アンタタチはいくらでも最悪の事態について考えててくれていいよ。でも、私達が戻るまで、考えるだけにしておいて。・・・今から行ってくる」
 オリヴィエとリュミエールは、許可の言葉もろくろく聞かないまま、集いの間を飛び出していた。

 扉を出てすぐ、遅れてやってきた闇の守護聖と出逢った。
「なんだ・・・そなたら。集いの間での会合は、終わったのか」
「ええ、クラヴィス様。たった今。しかしジュリアス様とルヴァ様はまだおられます、事の次第はお二方より・・・」
 リュミエールが先を急いでいることもさておき、馬鹿丁寧に説明する。
「事の次第などわざわざ聞かずとも容易に想像がつく・・・ならば戻るとするか」
 彼は来た道を戻ろうときびすを返した。が、ふと歩みを止め、振り返らずに問う。
「ああ・・・リュミエール。ジュリアスはこの件について・・・なんと言っていた?」
「あらゆる可能性を考慮に入れて最悪の事態に備える、とだけ。酷く冷静におっしゃっておられました」
「・・・・・。それは、惜しいことをした」
「?」
「あれが酷く冷静だと?・・・このような事態において、ジュリアスが怒鳴りわめかぬなど、長きに渡って共にいる私でさえ目にしたことはない。・・・さぞかし見ものだっただろうに」
 闇の守護聖はそう言ってさもおかしそうに笑い声を上げた。
「そなたら、遠くへ赴くのなら、天候に気を付けるがよい。・・・光の守護聖のせいで今夜は嵐になるかもしれぬぞ」

「なぁーんか全部お見通し、だねえ」
 去り行く彼の後ろ姿を見ながら、ずっと静観していたオリヴィエが言った。
「本当に・・・私達の考えることなど、あの方にとっては・・・」
 くだらないことに見えるのかもしれない。しかしどう思われようが、と二人は再び歩き出した。歩きながらオリヴィエはリュミエールに話しかけた。
「興奮してて気付かなかったけど、本当にそうだね」
「何のことです?」
「こんな時に怒鳴らないジュリアスを見たことがないって、さ」
「・・・・・・」
 なにも自分たちだけがオスカーを思っているのではない。皆が、それぞれの想いを抱えている。


つづきを読む

| HOME | NOVELS TOP |