エリオットの執務室に着いた。ルヴァがそっと扉を開けた。そこには意識を失ってソファに横たわっているエリオットと、闇の守護聖クラヴィスの姿があった。
「ああ、クラヴィスが側にいてくださったのですか。遅くなってすみません、今連絡を受けて」
 ルヴァがクラヴィスの労をねぎらう。
「何やら手が空いていたのは私だけということなのでな。行きがかり上来ただけだ」
 クラヴィスは無愛想に言った。
「ルヴァ、様子を見てやってくれ。・・・なんだ、随分大勢で来たのだな」
 ルヴァの後ろに控えるオスカー達の姿を見て、クラヴィスが呆れたように言った。リュミエールが心配そうに声をかける。
「クラヴィス様・・・エリオット様はいかがなのですか?」
「私にわかることは・・・・お前達が雁首揃えてもどうしようもないということくらいだ。このように大勢では邪魔になる。ここはルヴァに任せて、私とともにひとまず引くがよい」
 確かにここへ来たところで、何ができる訳でもない。ただひとり、ディアだけはクラヴィスのそんな言葉は耳に入らない様子だった。
「ディア、そなたもだ」
「・・・え?でも」
 ディアはクラヴィスの言葉に困惑した。しかし、闇の守護聖の語調は反論を許さないものだった。ディアは後ろ髪をひかれる想いでエリオットの執務室を出た。そしてルヴァだけを部屋の中に残し、扉は閉じられた。
「ディア。女王陛下に取り次ぎを。・・・至急だ」
「陛下に?わかりました」
ディア、そしてそこにいたクラヴィスを除く守護聖達にも皆目状況はわからない。しかし、ここでいちいち理由を問うている場合では無いらしいことが、クラヴィスの様子から感じとれた。誰も何も言わずに、一同は足早にそこを退いた。



 王宮の接見の間には、ルヴァとエリオットを除くすべての守護聖が会していた。緊急の召集に、皆の表情は堅い。場にも重苦しいものが漂っていた。
「女王陛下のおなりです」
 広間にディアの声が響く。広間の一番奥、幾重にもひかれた御簾の中の玉座に、女王が静かに腰を下ろした。
「闇の守護聖クラヴィス。この度の召集の理由を陛下に」
 女王補佐官ディアが、厳かに口を開きクラヴィスを促した。一同はクラヴィスに視線を注いだ。
「・・・・私の口からは憶測しか申し上げられませんが」
 クラヴィスはゆっくりと、話し始めた。
「鋼の守護聖が先ほど変調をきたしましたこと、おそらくは・・・・急激にサクリアのその効力が失したのではないかと」

 闇の守護聖のこの唐突かつ衝撃的な発言に、接見の間がどよめいた。
「馬鹿な!」
 真っ先に叫んだのは光の守護聖ジュリアスだった。
「ならばもっと以前より前兆があってしかるべきだ!このように、突然に昏睡状態になるなど前例がない!そなた、確たる根拠もなく悪戯に人騒がせな発言すると許さぬぞっ!!」
「ジュリアス、冷静になってください」
 激昂する守護聖の長を制したのは、ルヴァの声だった。見ると、入口近くにパスハと共にいる。
「遅くなって申し訳ありません、陛下。皆様も」
「ルヴァ。鋼の守護聖のその後の様子は?」
 女王補佐官が皆を代表し、質問を投げかけた。
「エリオットは先程意識を回復いたしました。私邸に戻り、引き続き安静を」
 簡潔に事情を説明するルヴァ。復調の報告の筈なのに、その顔には何故か深い失意の色が見える。そうして、クラヴィスに向かって言った。
「クラヴィス、あなたのご推察は・・・ほぼ間違いありません」
 その場にいた全ての者達が一様に息を飲んだ。

「なんという・・・・・!ルヴァ、詳しく・・・」
 今にも倒れ込んでしまうのではないかと思われるほど、その顔から色を無くした女王補佐官が、やっとの思いでそれだけを口にした。
「意識の戻ったエリオット自身にも、事情を聞きました。劇的な変化、ということだけを例外とすれば、それはサクリアが失われた時の症状とまったく同じです。この聖地は通常の世界とは違う特殊な環境下、これほどまでに急激にサクリアが失われれば、変調が現れるのはもっともなことかと。意識がこれほど早くに戻ったことの方が不思議な程です。それに・・・」
「続きは私が報告いたします」
 王立研究院のパスハが、何やら書類に目を通しつつ、続けた。
「母星系宇宙、工業惑星帯において、著しく強い鋼のサクリアと同質の干渉が見られるとの報告がたった今王立研究院に届けられました。これほどの力が急に観測されるなど前例の無いことではありますが、この惑星に次なる鋼のサクリアを授けられた者がいることは、まず間違いありません。直ぐさまこの者の聖地への召還を手配したこと、陛下にご報告いたします」
 パスハは、玉座の方に向かってうやうやしく頭を垂れ、部屋の隅に再び退いた。

「このようなことが・・・・信じられない」
光の守護聖ジュリアスが呟くように言った。しかし直ぐさま気を取り直し顔を上げた。
「陛下。これは緊急事態。迅速な対応が必要と思われます。ご指示を!」
 一同の視線は玉座に注がれた。女王補佐官が玉座の側近くに歩み寄り、直接指示を受ける。9人の守護聖は、それぞれに驚愕と動揺を抑えつつその後の動きを待った。
 ゆっくりと、ディアが元の場所に戻る。そしてその唇が重く動いた。
「パスハ。その者はいつ聖地に到着予定なのですか」
パスハが一歩前に出た。
「明朝には」
「・・・そうですか。では、鋼の守護聖の交替の件は明日・・・明日、エリオットに伝えることにいたしましょう。何事も前例の無いこと故、これより出来うる限り潤滑な交替のための話し合いを行います。一同、引き続きお時間を頂きますこと、ご了解ください。では、会議の間へ移動くださいますよう」


 その会議は明け方まで続けられた。ただただ事務的に事は進められた。通常、守護聖の交替、その引継には長い時間がかけられる。緑の守護聖がもう長い間その為に尽力しているように。しかし、今回はそれをたったの一晩でやらなければならない。失敗は許されず、時間の猶予はまったく無い。サクリアを持つ者が例えいっときでもブランクになることは、この宇宙の存亡に関わるのだ。 夜を徹しての作業ではあったが、誰も休息のことなど口にはしなかった。身体の疲労はいとわない。ただ・・・このような話し合いが、当のエリオットの知らぬところで行われているという事実だけが、彼等の心を重くするのだった。
 あらかたの事が決定して、会議が終わろうとしていた時、新たな鋼の守護聖になるべき人物の到着が告げられた。まだ若い、少年だという。彼もまた、ほとんど事情は飲み込めていないだろう。唐突に故郷から拉致されるがごとくにここに連れて来られたのだ。
 彼の直接の指導官にはルヴァが選ばれた。キャリアから言っても、性格から言っても彼以上の適任者はいなかった。新守護聖の置かれた立場を考慮し、まずはルヴァとディアだけがその人物と対面し、今後の事情を説明することとなった。他の守護聖は、取りあえずそれぞれの私邸に戻り待機するよう指示を受け、その会議は終わった。
 重苦しい夜が明ける。しかし、その光に明るいものを見いだせる者など、誰もいなかった。


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