「エリオット様!今お時間ありますか?」
 オスカーは鋼の守護聖の執務室のドアをノックし、中の返事を待った。
「その声はオスカーか?大丈夫だよ、お入り」

 部屋の中ではエリオットが、熱心に何かを作っていた。いつものことだ。暇さえあればいつも手を動かしている。
「どうした、オスカー。何か用か?」
「ええ・・・今朝剣の手入れをしていたら・・・この柄の部分の細工が」
 オスカーは大ぶりの剣をかざした。それは彼の家の家宝だったときいていた、見事な細工がほどこされた、それは美しい剣だ。この聖地では実際に使うことなどなかろうに、オスカーは毎日この剣の手入れを欠かさない。それは大事にしているものだ。
「壊れたのか?どれ」
 エリオットは立ち上がり、オスカーのほうに歩み寄った。
「すみません、決してエリオット様を鍛冶屋や修理屋扱いしている訳ではないんですが」
「あはは、本当か?オスカー。そんなこと言ってお前はいつだって何やかやと俺に修理させるじゃないか。・・・ああ、この程度ならすぐに直せる。貸してみろ」
 剣の柄に付いている、繊細な金の細工が少しぐらついている。一見してはわからない程度のものだが、オスカーにとっては大変な騒ぎなのだろう。
 エリオットは器用さを司る鋼の守護聖。別段そのサクリアを使っている訳ではなく、こういった仕事はもとより得意だ。丁寧に剣を観察した後、愛用の工具箱を体のそば近くに寄せ、ソファにどっかり腰を落とした。
「オスカー。・・・時間はかからんが、まあお前も座っていろ」
 エリオットは剣から顔を上げずにオスカーに言った。
「はい」
 エリオットは実直な男だ。口数も少なく、集団の中ではたいてい黙している。しかしオスカーは彼のことは好ましく思っていた。エリオットのほうも、こうしてなんやかやと用事を持ってくる、後輩守護聖に好感をもっているようだ。オスカーと二人で相対している時は日頃よりも口数が多い。かといって熱い談義が繰りひろげられる訳ではないが。

 座っていろ、と言われてもとりたててすることのないオスカーは、窓の外の景色に目をやった。外は明るい。陽光の下からは、誰かの笑い声が聞こえる。あれは・・・・。
「外はなんだか楽しそうだな」
 エリオットが急に口を開いた。しかし手は作業を続けているし、視線もけして剣から動いてはいない。
「ええ、レディ達が楽しそうに話しているようです・・・ディア様もいらっしゃるかな」
「相変わらずだな、オスカー。お前のプレイボーイぶりは聞き及んでいるぞ。かなりのもんだそうじゃないか」
「あはは、女性には尊敬を持って接せよ、ってのが家訓でしてね。特に美しく輝く女性には素直に褒め言葉が口をついて出るだけです。俺にとっては皆がどうしてそうしないのか、その方が不思議なくらいですよ」
「そうか。・・・・俺とは正反対だな。俺はそういうのはどうも苦手だ。女の声を聞いただけでその人物がディアだ、などと当てようもない」
「ディア様もまた美しい方ですからね。特に職務に従事している時の真剣な眼差しがいい。俺は気丈な女性が好みだから、女王補佐官という立場の方でなかったら、アタックしていたかもしれませんよ」
 オスカーは高らかに笑った。
「おいおい、気軽にもの凄いことを言うな、お前は。まったく、ジュリアスあたりが聞いたら蒼白になって怒り出すぞ。・・・・俺はお前のそんなところを羨ましくも思うが」
 そう言うと、鋼の守護聖はまた黙って作業に没頭した。
 オスカーは部屋の中に視線をやった。簡素に片づけられた部屋。必要最低限のものしかおいてない。部屋の奥の大きな机の上には、さっきまでエリオットがいじり倒していたものが雑然と置かれている。
「何を作っていらっしゃったのですか?何やら美しい小箱のような・・・」
「ああ・・・オルゴールだ」
 エリオットがぶっきらぼうに答える。
「それはまた、随分少女趣味な」
 実際のところ、エリオットが日頃どんなものを作ったりしているのか、オスカーは知らない。完成品を自慢げに見せびらかすような事も彼はしない。しかし、大の男が眉間にしわを寄せて熱心にオルゴールを作っている、というのも何だか不思議な気がした。到底オスカーの理解の及ぶところではない。
 エリオットは繊細で心優しい人物だ。大きく実務的な機械類を相手にするより、こうしたデリケートで美しい細工物の方が得意なのかもしれない。そっちの方が似合っているとも、オスカーは思った。



「・・・できたぞオスカー。これで元通りだろう?」
 剣を差し出すエリオット。オスカーはそっと受け取り、問題の箇所を調べた。
「ありがとうございます。まさに元通りです。壊れていた場所がもう思い出せないほどだ。いつもながらさすがの腕前ですね」
 オスカーは感嘆の声を上げた。

 その時。執務室のドアが軽くノックされた。
「エリオット、お仕事中すみません。あら・・・!オスカーも来ていたのですか」
 ドアの向こうに現れたのは、女王補佐官ディアの艶やかな姿だった。
「これはディア様、ご機嫌うるわしゅうございますか?先ほどは随分楽しそうにしてらっしゃいましたけれど」
 オスカーは慇懃な態度で挨拶をした。オスカーはディアとは年が近いせいもあって、彼女に対して日頃はこんな口の聞き方はしない。からかっているのだ。
「いやですわ、オスカー。見てらしたの?」
 少し頬を赤らめるディア。
「見てはないけどな。大きな笑い声がここまで聞こえたぜ。そうですよね、エリオット様」
「・・・ああ・・・」
 工具箱を片づけながら、無愛想に返事をするエリオット。
「それで何の用だ?」
「あら、すみません、エリオット。今日は本当に外が気持ちいいので、皆様をお誘いして屋外でお茶会など開こうかというお話になって・・・・。いかがですか?勿論オスカーも」
 オスカーは嬉しそうに返事をした。
「それは素晴らしい!丁度いい時間だしな。今日はさしたる用事も無いし。喜んで」
 ディアは時折昼食会やお茶会などを開く。そうは言わないが、守護聖間の交流をより深めようとの、彼女なりのはからないなのかもしれない。
「俺は・・・仕事がまだ残っているから。遠慮させてもらうよ」
 エリオットは素気なく断った。
「・・・そうですか。すみません、お忙しいところを。ではオスカー、庭園にてお待ちしてます」
 ディアはいささかがっかりしたようだ。そんなことには気も止めない様子のエリオット。
(仕事・・・?オルゴール作るのが仕事なのか?)
 オスカーは少し疑問に思った。が別に問いただそうとも思わなかった。
 ディアが出ていった後、オスカーはエリオットに向かって言った。
「すみません、そんなにお忙しかったのですか?このような雑用を頼んで申し訳なかった」
「・・いや。別にかまわん。お前は早く行ってやるがいいさ」


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