◆ガジェット◆         
最終章

 とりあえず今やるべきことは終わった。3人は、とりあえずネリーの家へ戻ろうと、リュミエールが乗ってきた車の前まで来ていた。
「まさかお前が車乗り付けてくるとはな。聖地の皆も驚くぜ」
「ほんとほんと!いざってときの腹の据わりようったら本気でスゴイよ、リュミちゃんは」
 先ほどのフォロー含みで大げさに感嘆する二人。リュミエールもまんざらではなさそうに謙遜する。
「…いえ、そんな…私などそれほどでも…。ですから帰路はオスカーにお任せ致しますね」
「え?何で俺なんだよ。リュミエールがやりゃいいじゃないか」
「私で…よろしいのですか?」
「良いも何も。俺はなぁ、肩にオリヴィエのヒールが食い込んだあげくに自称63キロが重力合わせて空から降ってきたのを受け止めたんだぜ?…はっきり言ってボロボロだ。この上運転手までさせる気か」
「なあによ、その『自称』とかってアッタマに来るわね!あれしきのことでボロボロになる“強さ”の守護聖って問題あるんじゃないの」
「言い争うのはやめてください…まったくあなた方は。わかりました、私が運転しましょう」
 リュミエールはそそくさと運転席に向かう。
 オリヴィエとオスカーはふたりでささやき合った。
「なんだかんだ嬉しそうじゃないねー。なら最初っから素直に…」
「なんでそんなに嬉しそうなんだかな…初心者が人をやたらに乗せたがるみたいに…」
 二人は思わず顔を見合わせた。オスカーがリュミエールに向かってダッシュをかける。
「リュミエールっ!!俺がっ、俺がやる!」
「え?何故ですか、せっかく初めて人を乗せて走るので楽しみに…」
 やっぱり。そのやりとりを一歩引いて見つめていたオリヴィエは呟いた。

 
 運転席には結局オスカーが座り、ネリーの家に向かう。
 その車中、3人はそれぞれ聞いてきた話を交換した。

「でもさあ…全部がつくりものだとは思いもよらなかったよ…ほんと。ヨシュアだけでも驚くっていうのに…全員だなんて」
 改めてため息をつくオリヴィエにオスカーがハンドルを切りながら言う。
「ああ、聞かされても未だ信じられないぜ。少々つじつまが合わないからって、そんなの気にならないくらいに俺達普通に会話してた。あれが全部プログラムだなんてな」
「本当に…。誰もが人間味溢れる…何一つ私達と変わりないのに」
 リュミエールは周囲の風景を見回す。全部とはいえ、過ぎゆく景色の緑や岩山までは本来あったものだろう。荒削りな自然の中に身を寄せ合うようにして暮らすガジェット達のことを、木々は、風はどのように見ていたのだろうか。ふと、そんなことを思う。
 オリヴィエが口を開いた。
「……あのさ、あの夜…ってまだ昨夜だけど」
「ん?」
「ヨシュアとふたりでちょっと話したこと。要はワタシが移動装置使っていいって言った時なんだけど」
「ああ、はい」
「小さい頃地図見るのが好きだったって話だったんだよね。ある時、ある場所に気持ちがひっかかって…見た途端に、一目惚れみたいにそのことばっかりになっちゃって。どうしてもその場所に行きたい、いつかこの星出てってやるって…そう思ったって話で」
「だから金貯めてたのか」
「そう。でもさ、そういう記憶も教え込まれたプログラムってことになる、よね」
「ああ。『小さい頃地図見るのが好きだった』ってのは、個性出すためのプログラムだろうな。問題はその先だ、ヨシュアがイレギュラーなのはそこだ」
 オスカーは言った。
「要は、そんな一行にひっかかっちゃいけないんだよ、あり得ないんだ。地図見る趣味があって、そんな場所の地図も見たことがある、そんな程度で自分の中でも通り過ぎなくちゃいけないんだ、ガジェットなら」
「なのに、ヨシュアはどういう理由か、ひっかかってしまった…」
 リュミエールが呟くように言う。オスカーが続けた。
「その上、次から次へと勝手な行動する。そこ行くにはどうしたらいいか、金貯めないと、金貯めるには…って数珠繋ぎに“思考”する」
 骨だけだったはずの想い出に、どんどん肉がついてゆく。単なるテキストの一行であったはずの夢が現実に形になることを目指し動き出す。
 作ったカルロスでさえ思ってもみない展開。
 オリヴィエが空を見上げた。
「慌てただろうねぇ…『この星を出ていきたい』なんて、一番避けなきゃいけないとこに、どんどん突き進んでっちゃったワケだし」
「ああ。…さぞかし泡食って…だが」
 オスカーが呟く。
「楽しかったんだ、アイツもな。自分の作ったものが想像を超えた結果を出すってことに」
 この星に来た日、初めて出会った時のカルロス。ヨシュアのことにいきり立ってはいたが、どこか手の焼ける子どもに対してのようでもあった。あの男が自爆装置に手を出せなかったのは、自分の命惜しさだけじゃない。カルロスもまた夢を見て…あるはずの無い永遠、いつまでも自分の作った物達に囲まれて暮らす…。
「…にしたって、行かすわけにはいかないけどな」
「カルロスにとってのイレギュラーは、ヨシュアだけじゃなくて私達も、ですね」
 いくらヨシュアがイレギュラーであろうと、三人がこの星に来なければ、それでもこの星の中で帰結した話だったのだ。同じ毎日をこの星はある意味誰にも“邪魔”されずに続けていくだけのことだったのだ。それなのに三人が現れる。移動装置のガードを壊し、この星以外の場所を意識させ、あまつさえこの星から出ようとするヨシュアの背中を押す。
「あの紙きれ一枚…オスカーの手に渡らずにいたなら、この星の未来も違っていたのですね」
 あのチラシがどうして聖地に紛れこんだのか。理由など今更意味は無い。大事なことは、それによって導かれたのがこの三人であったということだけだ。
「ま、そんな偶然の悪戯も運命のうちだ。…でもまあ…その地図の話聞いて、やっとわかった」
「何が?」
 オスカーにオリヴィエは問い返す。オスカーはギアを入れ替えつつ笑った。
「お前がなんで禁破ってまでヨシュアにゾッコンだったかってことだよ」
「…頼むからそういう誤解生むような言い方よしてよね」
「洒落だ洒落!…とにかく、ヨシュアは『夢みるロボット』だったからだ。お前は夢の守護聖だ、考えてみりゃ当たり前だ」
「はは、相当なロマンチストだねぇ、炎の守護聖も」
「…だからっ、何度も言うがな、男ってのは…」
 オスカーは照れを隠すかのように一段声を大きくする。
「はいはい、わかっていますよオスカー。ロマンを忘れてはいけないんでしたよね」
 子どもをなだめるようにリュミエールが言う。
 オリヴィエがすでに見えなくなっている基地の方向、車の後方を振り返る。
「ロマンね…」
 オリヴィエは言った。
「ロマンと言えばさ…ヨシュアが言ってたよ。あいつにとっての“ロマンチック”は忘れたくても忘れられないことがあること、だって」
「へえ」
「…それ言った本人は、今はもうその『忘れたくても忘れられないこと』すらまっさら忘れちゃったけどね」
「そうか?」
「そうか?ってアンタ」
 いやにあっけらかんと言い放つオスカーにオリヴィエは思わずオウム返しになる。
「…憶えているかもしれませんよ、忘れてもまた思い出す、ということも」
 かまわず平然と、今度はリュミエールが言う。
「元々奇跡のような…常識を超えたあり得ない存在の彼ですし。そのくらいのことがあっても今更驚きはしませんよ、私は」
「アンタ達はヨシュアに会ってないからね…。まさか、そこまで都合よくは行かないよ」
 オスカーが再度言い放つ。
「いや!世の中に『絶対』はない!」
「そーだけど!」
「そうだけど?…けど、なんだよ」
「………けど………」
 そう言っている間に、車はネリーの家の前についていた。
 話はとりあえず棚上げとなり、3人は車を降りたって、家のドアを開けた。ネリーの声が迎える。
「ああ、みんな!良かった〜やっと揃ったわ!」
「…揃った…って?」
「うん、ヨシュアもね、さっき帰ってきたのよね。ほんとポールの言ったとおり!今、二階で着替えて…」
 帰って、来た?
 そんなはずはない。ヨシュアはすべての記憶をリセットされたはずだ。ネリーのことも、ネリーの家への道筋でさえ憶えているはずはないのだ。
 3人はネリーとの会話もそこそこに二階に駆け上がった。ヨシュアの部屋に転がり込むように駆け込む3人に、ヨシュアは驚いた顔をした。
「あれ、どうしたの3人とも」
「それ、こっちの台詞だよ…!……ワタシタチのこと……憶えてんの?」
「はぁ?何変なこと言ってんだよ。オレまで記憶喪失の仲間かよ?」
「…いや…だから…そういう話じゃなくって…」
 オリヴィエが最後に会ったヨシュアは確実に、すべての記憶をリセットされていたはずだ。
「まったく、何だっていうんだよ。みんなしておかしなことばっかり…」
「みんな?」
「ああ、カルロスもさ。オレが気がつくなり『お前は本当にイレギュラーだな。リセットがきかねえ』ってワケわかんねーよ」
「リセットがきかない?」
 3人は顔を見合わせた。
「ああ、なんでもオレは何度やっても“リスタート”しちゃうんだとかってブツブツと。何だよなあソレ。目なんかイっちゃっててさ…話になんないよ、意味不明。聞いてもそれ以上教えてくんないんだよ。いいから帰れってそれきりさ。だから帰ってきた」
「それって……」
 あっけにとられ、絶句するオリヴィエ。その横をヨシュアはすり抜け、ドアのところで3人を振り返った。
「オレは下行くぜ?ほら、オレ飯食ってないからさあ、もうすげえ腹減っちゃって。それ食ったらあんたら送るよ。そんくらい時間大丈夫だよね?」
「…え…ええ…」
「じゃ、お先」
 呆然とする3人をおいて、ヨシュアは行ってしまった。
 しばし言葉を失ったままの3人。
「…どう…いう…こと?」
「どういうことだと言われても…」
「こういうことだ…って言うしかないだろう!!」
 オスカーはそう叫んでオリヴィエの肩を思い切り叩いた。
「痛いっっ!もう、少しは手加減したらどうなのっっっ!」
 痛みに顔をしかめつつ、オリヴィエも笑っていた。
 オスカーが嬉しそうに言う。
「だから言ったろ?…ヨシュアも相当なロマンチストだったってことだな」
 リュミエールが微笑む。
「さすが夢の守護聖が見込んだ、といったところでしょうか?」
「ふりだしに戻っただけじゃない。まーた同じことくり返すんだよ」
「だが、リセットじゃない。“リスタート”だ」

 失敗も後悔も、もう二度と同じ想いはすまいと思って…それでも同じことを繰り返してしまう自分達。いい加減うんざりする。何も変わらない毎日、退屈にさえ飽きる日々。それでも。RESTART。自分達はリスタートできる、何度でも。何も変わらないと諦めたところで、負け。

 リュミエールが嬉しそうにオリヴィエに言った。
「あなたが言っていた通りのことではないですか…ええと…ラブ&ピース?」
「はぁあ?…何言ってんのリュミちゃん」
「オリヴィエ…『キャッチ&リリース』だ」
 オスカーのフォローにリュミエールは両手を叩いた。
「そうです、それです!“あるべきものはあるべきところへ”!!」
 オスカーは脱力した。
「だから…意訳だって言ってるじゃないか」

 ふと美味しそうな食事の匂いが、3人の鼻腔をくすぐった。
「さあてと。行くか…俺も腹が減った」
「行くというのは食卓へ、ですか…」
「っていうかもうお腹減ったの?」
「いろいろあったからな。朝メシなんて星の彼方のことのようだぜ」
 オリヴィエは呆れて言った。
「…ったく。ワタシの作ったミートパイの立場は!」
「お前がやったのは外側だけだろう?中身は違うじゃないか!」
「………」
 オリヴィエは言い返さず、代わりに言葉を次いだのはリュミエールだった。
「ここは名残に、ご相伴させていただくのもいいかもしれません。ネリーの作る食事は魅力的ですしね」
「良いこと言うなぁリュミエール。そうだそうだ、そうさせてもらおうぜ」
 オリヴィエの肩を、促すようにそっと叩くリュミエール。
「私達にはまだ大仕事が残ってもいることですし、腹ごしらえも大切なことかと」
 すでにせっかちに先を急くオスカーが、言った。
「大仕事?大仕事ってなんだよ」
「…オスカー。忘れたくても忘れてはいけないことというものがあります」
 すっかり事が終わった気になっているらしいオスカーに、リュミエールはため息まじりに言った。
「そんなことでは尽力してくれたパスハに合わせる顔がありません…私達のしたことを、これから聖地に戻って陛下以下皆に申し開きしなければならないでしょう?」
 オリヴィエとオスカーは顔を見合わせる。
「そうか、そうだった…な」
「きゃはは、確かに大仕事だわ、それ。聖地への反逆者にならないように、全力で言い訳しないと!」
 オリヴィエは大笑いした。
「でもま、何とかなるでしょ、3人がかりなら!」
 オスカーはうつむいて、低い声で言った。
「3人でって…信じていいんだな…?お前ら…逃げるなよ?!」
 そう言って顔を上げた時すでに、オリヴィエとリュミエールはドアの外、談笑さえしながら階下に向かって歩き出していた。
 やはり信用ならない。オスカーはそう強く心で思ってから、二人の後を慌てて追い掛けた。

 3人は揃って、居間のドアを開けた。この星に来てからずっと日常だった、いつもの笑顔で迎える、ネリーとヨシュア。
「遅いじゃない、何やってたの?3人で相談?」
 オリヴィエは二人に向かって言った。
「…あのね、思い出したんだよね。たった今」
「思い出したって何を?マイク?」
 ヨシュアが食事をほおばりながら、聞く。その横に腰掛けながら、オリヴィエは言った。
「自分の名前。ワタシ、“マイク”じゃなかったんだ」
「へ?じゃ、ポールも?違うの?」
「…ええ。オスカーはそのまま、ですが」
 リュミエールもそう言って微笑み、それから3人は改めて自己紹介をした。リスタートに相応しい、真新しい記憶。
「へえ〜…そうなんだ〜オリヴィエにリュミエール、ねえ」
 驚いたように、そう言ったきり黙る。しかしすぐに特に深く気にした様子もなくヨシュアは言った。
「いいじゃん?…うん、やっぱそっちの名前のがホントっぽい!」
「でしょ?ワタシもそー思うんだよね!」
 オリヴィエはそう言って、ウィンクを投げた。

 

<終>


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