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01


 本当に、人の生とは一寸先は闇。たとえ守護聖として遥かな時間を与えられても、女王陛下の溢れる庇護の元にある聖地にあっても、それは同じ。明日、いや一瞬の後に何が起こるかなど予想もつかない。実際、ひとつも予定などない、うららかな休日を過ごしているだけだったはずの自分は今こうして見知らぬ土地の森の奥を歩いている。鬱蒼と暗い、湿った森の空気は自分を不安にさせるばかり。どんな罠が口を開けて自分を待ちかまえているかしれやしない。心底の安息など、実は無いのかもしれない・・・。

「リュミエールっっ、後ろ!!」
 オリヴィエのそれだけ叫ぶのがやっとというような切羽詰まった怒号とともに、地を割る轟音が響きわたる。振り返るとそこにはリュミエールの倍の身の丈はあろう巨大なミミズのような恐ろしい化け物が頭をもたげ天にそそりたっていた。
 息をのむばかりで悲鳴さえ出ない。瞳はまばたきを忘れ見開かれたまま。それでも身体は脳が判断を下すより先に巨大な陰から逃れようと躍動する。
「ふたりとも、しゃがめ!!!!!」
 化け物の動きが一瞬止まったのと同時にオスカーの声が飛んだ。瞬時に身体を低くする。目の前のオリヴィエも同じ声に身を伏せたのが見えたとたん、雷鳴にも似た鋭い鳴き声が響いた。オスカーが投げた石が、どうやら見事かの化け物に当たったらしい。それが致命傷だったのかはわからない、が、攻撃の勢いは止んだ。巨大なものの気配がうそのように消えたのを、リュミエールは湿った地面に突っ伏し身を固くしながら感じた。
 突如戻る静寂。度を越えた緊張からの急激な開放と同時に訪れる純粋な疲弊。想像を越える出来事に、思考は混乱する。・・・だが夢ではない。

 しばらく経って、ようやっと、呟くように言葉を吐いたのはオスカーだった。
「遊びにしちゃ随分リアルだな。・・・死ぬかと思った」
「やめてよね、そんなワケないでしょ」
 身を起こし服についた汚れを払いながらオリヴィエが答えるも、その声にいつもの余裕は未だ無かった。
 リュミエールもゆっくりと身体を起す。
 一瞬先は闇。何が起こるかわからない。胸の鼓動はおさまらない。その音は危険はまだ去ったわけではないと警鐘を鳴らすかのようにリュミエールには感じられた。
 彼は、おそらくたった数時間前のことだったであろう、事の発端に思いを馳せて遠い眼差しを空に向けた。そして深い深いため息をついてから、目の前の二人に言った。

「・・・・だから・・・言ったのに・・・・・っっっっっっ!!」
 



「・・・・・・・。だから・・・すまん!!リュミエール」
「ええ、オスカー。あなたのお気持ちは伝わっています。そのように何度も謝らないでください」
 リュミエールはオスカーに向かって微笑みを返した。
「悪意があってしたことではなく、幸いにも大事には至らず。これが偶然の不慮の事故であること、疑ってはおりません。私はただ自分の置かれた運命というものの不思議を思っているだけ・・・今日も穏やかに晴れ渡り、風薫り、美しく輝く陽射しの下で、このようなことを思わずにはいられないことが少し寂しくもありますけれど・・・」
 既に静かに延々と、「何度も謝ら」せるほどオスカーのことを糾弾してしまっている事実にも気付いていないほど、その笑みに邪気は無かった。

 避けようもなかった。休日の庭園、珍しく行き会った夢の守護聖との他愛ない立ち話の最中の出来事。オリヴィエがふと彼の足もと、緩んだサンダルの紐に気付いてかがんだ瞬間、額に走る痛み。それが空をきって飛んできた小さな石によるものだということを、走り込んできた炎の守護聖によって知ったほどそれは短い間の出来事だった。
 誰のせいでもない、きっと今日はそうした定めの日なのだ。
 思えばすべていつもと同じ休日のようでいて、どこか違っていた。とりたてて用向きも無いのに昼日中の庭園をひとり歩いてみようと思ったことも珍しいことなら、そこでオリヴィエに行き合うということも、立ち話をすることも。すべてはありふれたことのようで、そうあることではないような。
「・・・何それ、それじゃまるでワタシが厄日の予兆みたいじゃないさ、失礼しちゃうねぇ。・・・はい、これ!」
 庭園の噴水の水に浸してきたハンカチを手渡すオリヴィエに丁寧に礼を言ってからリュミエールが続ける。
「そうした意味ではありませんよ。二人とももう少し素直に受け取ってください」
「いやでも、俺が悪いことには変わり無い。そこは謝る」
「そうそう、そこははっきりさせとかないとね〜。いくらオフタイムだからって石蹴りって、いくつのヤツがすることよ。少なくとも人のいないとこでやってよね、危なくてしょーがないじゃない」
 そこはリュミエールも頷くところだ。こんなことがそうそうあってはたまらない。被害者が自分で、被害がこの程度であったことは不幸中の幸いとすべきだろう。
「別に石蹴り遊びしてたんじゃないぜ・・・ジュリアス様とちょっとあってな、くさくさしてたんだ。それで、つい。まさか庭園の生け垣を越すほど飛ぶとは予想外だった」
 それにしたって、と呆れるオリヴィエを横にリュミエールが問う。
「ジュリアス様と、とは・・・。休日だというのに?」
「ああ、今朝方早々に呼び出されてな、今まで説教だ。こないだの一件」
あ、あのこと、とオリヴィエとリュミエールの声が揃う。
「バレてないと思ってたがな」
「きゃはは、別に初めてじゃないじゃない、そんなの」
「ああ、初めてじゃないさ、聖地を抜け出して夜遊びするのも、それが運悪くバレることもな。だが・・・」  オスカーは少々声を大にした。
「こないだのは、オリヴィエ、お前も一緒だったじゃないか!」
 そっぽを向くオリヴィエ。
「・・・まったく、何で呼び出されるのは俺だけなんだ」
「そりゃ愛でしょ、愛〜!」
「おいおい・・・悪いが、愛には不自由してないんだ、そんな愛ならご遠慮したいぜ」
 ふと、オスカーの手元にリュミエールの目が止まった。
「別件もあったのでしょう?その書類・・・」
「ああ、これか?・・・まあな」
 オスカーは少々ふてくされたように言った。
「一応これが本件だったんだがな。だが単に目を通しておけってそれだけだ。なら何も休日の早朝に呼び出さなくてもいいじゃないか!ついでの説教のほうがよほど長かったぞ」
 リュミエールは微笑んだ。
「あなたのことを心配なさっているのでしょう、あの方なりに」
「そーそー。わかってやりなよ、そんくらいさぁ」
「そうなのか?・・・ほんとーに??」
 オスカーはまだ疑っている様子だ。
「あなたはご存知ないでしょうが、日頃もさりげなく気にかけておられますよ。私にも時折それとなく問われたりもなさるし。お気持ちがわかるだけに、ついこないだのことも・・・あ。」
 そこまで言って、リュミエールの表情は固まった。
「・・・あ、あの・・・私はこれで」
 立ち上がる彼を制したのは当然オスカーの、やや低くなった声色だった。
「リュミエール。・・・・そーゆーこと、か」
「あ・・・、い、いえあの!私は聞かれたが故に知っていることを答えたまでで・・・あなたが聖地を抜け出すなどいつものこととつい・・・まさか休日に呼び出されるほどとは」
 オスカーの強い視線に、しどろもどろに語るに落ちる。オリヴィエがさもおかしそうに腹をかかえた。
「あっはっは!!!じゃあ因果応報ってヤツじゃない、良かったねえオスカー!これで少しは救われる」
「そうだな・・・って、ちょっと待て、オリヴィエ!!」
 聖地を抜け出したことについてはリュミエールも知っていたことである。が。
「ジュリアス様は、出先で喧嘩したことまで知ってたぞ!よくよく考えたらそこまで知ってるのは一緒だったお前だけじゃないか!」
「あ、バレた?」
「お前もチクってたんだな〜〜・・・どうりで俺だけ・・・」
「だってー、聞かれたら、ねえ?」
「じゃー正直に自分のことも言え!!」
「ジュリアスのお説教長いんだも〜ん。言うことなんか聞かなくってもわかるしさあ」
「おーまーえー・・・、俺がお前の名前言わないってわかってて」
「んふふ〜、誠実なる友情には感謝するよん」
「そんなもんは友情でもなんでもない!」
 不穏な雰囲気にリュミエールが仲裁に入る。
「もうすんでしまった事ですし、オスカー、ここはおさめて・・・」
「お前が言うなっ!」
「そーゆー言い方ないんじゃない?告げ口されるような非がある自分が悪いんでしょー」
「それをオマエが、言うかーーーーーっっ!!!!」
 大声とともに勢い立ち上がる。オスカーの膝におかれてい書類の束が、芝生の上にすべり落ちた。
 ふと訪れる静寂。気付くと庭園で休日を楽しむ人々が目を丸くして一斉にこちらを見つめている。3人はとびきりの笑顔を投げかけてから、即座に身を隠すように足下にかがんだ。
「・・・ったく、俺が何したっていうんだ」
「守護聖なのに聖地を抜けだたあげくに暴力沙汰を起こして、それが知れて怒られた腹いせに蹴った石で怪我人出したね」
「十分に罪深いですね」
「・・・・・・嫌味なヤツラだ」
「まま、そ〜言わずと。・・・アレ?ね、オスカー。この書類・・・これも?仕事の資料なわけ?」
 オリヴィエの手にある紙きれを、残り二人も同時にのぞき込む。
 オリヴィエの疑問も無理はない。明らかに他の書類とは違う種類の活字と色に溢れた、それは一冊の薄いパンフレット。
 アオリ文句がでかでかと踊る。

『歓喜と興奮!ダイナミック&スリル!最新技術を駆使した前代未聞の魅惑のエンターテイメント、惑星まるごとアドベンチャーRPG、ここに登場!!』

 曰く。
 この惑星には疑似都市と物語が惑星規模で用意されているらしい。それを「安全かつリアルに実体験」するという、いわばテーマパーク。あらかじめ作られた世界で、「客」はロールプレイングゲームの主人公になりきって冒険するのだ。

「これを・・・ジュリアス様が?あなたに?」
「まさかぁ!!それはないでしょー、あのヒトに限って。大体、オスカー遊びすぎだって説教された直後だってのに」
「おかしいな・・・こんな書類、まじってたかな・・・?」
 オスカーがしきりと首を傾げる。
「まま、いーじゃん?この際」
 オリヴィエが目を輝かせて言った。
「でさあ、どーする??」
「どうする、とは?」
「やだなーリュミちゃん。今日はお休み、でしょ?」
「まさか、行くとか言うんじゃ・・・?」
「行かないの?面白そうじゃない〜〜無料特別招待券だってついてるよ?ほら、ここ切り抜くとちょうど3人分・・・」
「そういう問題ではありません!」
「じゃ何が問題なのよー、ねえ?オスカー」
「ま、確かに問題は、無いな」
「オスカー!!あなた、たったさっきの出来事を何一つ理解していないのですか?」
「リュミエール。お前が一緒ならバレない、ってことはわかったぜ」
「・・・・・・・・・・・」


何が「厄日」のはじまりだったのかはわからない。今はどうでもいいことだ。

 

<つづく>
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