NO.15 「キャッチセールス体験」 2000年11月号

ナマ韓国読者第一号シリル・キムさん
<Photo/Yasay Kemonogi>

漫画家でいる一番の利点は、読み手を探さないですむことと、食いはぐれることなく制作を続けられることだが、他にもいくつかいいことがあって、成功例はとても少ないとはいえ「読者から友だちを作れる」というのもそのひとつだ。
韓国での出版のオファーがあったとき、真っ先に思ったのは「韓国で本が出ると、韓国の読者から友だちができるかも知れんのだな。」ということだった。

そしてついに、ナマ韓国読者第一号のシリルちゃんが遊びにきてくれたのが、約一カ月前の2000年9月のこと。彼女とはこのホームページにくれた投稿がきっかけで文通が始まったので、このホームページ出身(?)の友だち第一号ということにもなる。
交換留学生としてシドニーの大学に留学中の彼女は、オリンピック休暇を利用して、メルボルンに泊まりにきてくれたのだ。

彼女が着いた晩に、わたしに聞く息子タスク。
「彼女いくつなの?」
「20歳だって。」
「20歳?・・・お母さんの友だちっていうより、俺に近い歳じゃん。
そういえばタスクは19である。一瞬顔を見合わせるわたしら親子。
「ぐははははは」
なぜかひとり手を叩いてウケるタスク。

我々は会うのが初めてだったので、わたしはシリルの顔も知らなければ年齢も知らなかったのだ。大学生だということは知っていたが、PALMの読者は20年前から誰もかれも大学生なのである。
考えてみたらついこないだ知りあったような気がする、シナチックンやウキウキモンキーさんも、出会ったときそんな歳だったのだが、なぜか今は28くらいらしい。
人生は「バック・トゥ・ザ・フュチャー/1・2・3」を順不同に見続けるようなものだ。深く考えると混乱をきたす。

最初空港に迎えに行ったとき、シリルちゃんは緊張していたのかあまりしゃべらなかったので、わたしは「文通は英語だったけど、この子はあまり英語しゃべらんのだろうか?とすると、わたしは韓国語ゼロだし、彼女日本語は勉強はじめたばかりと言ってたし、どおやってコミュニケーションしたものか?」と一瞬考えたのだが、どうしてどうして、興が乗ってきたらしゃべるしゃべる、「なんや、英語ペラペラやんけ」ってな感じなのである。
聞いてみると、彼女は幼少のころ一時シンガポールで暮らしたので、バイリンガルなのだそうだ。

早速なにも知らない韓国のことを、いろいろ教えてもらうわたし。
現在韓国には、わたしが小学生だったころの日本と同じように、10かそこらの韓国製漫画雑誌があること。韓国漫画の映画化なんかもされてて、イメージが極端に違うとファンが喧々囂々になること、ちまたでは、日本でも流行ってるらしいフュージョン・レボリューションなるゲームがブレイクしてること。
要するに、何もかもほとんど日本と同じである。シリル本人も、言語が英語なだけで、話してるときのノリもなんだか日本の女の子と話してるような感じなのだ。

シリルが犬食の話をしてくれたので※、お返しに日本の馬食やイナゴ食の話をしてあげる獸木(ふたりで大爆笑)。
これで日韓国際交流はバッチリである。

※現在ではふつうは食べないそうで、日本の馬刺し専門店みたいに犬肉専門レストランがあるわけでもないらしい。
ただ昔の習慣のなごりで、日本のウナギのように夏の特定の日に食べると健康にいいとかで、主に中年以降の男性が食べることがあるそう。そしてどこの野良犬がいなくなったとか、嘘かほんとかわからない噂が立ったりするのだそうである。

そうこう話すうちに、シリルが「ここ(オーストラリア)でも、本国と同じような宗教の勧誘とか来ませんか?」と言い出した。
そうなのである。実は頻度が少ないだけで、似たような宗教(の数々)の勧誘が結構来るのだ。
しかも「ここにミクロ画像と宇宙のマクロ画像がありますネ。このようにごく微小なものと、宇宙的スケールのものがまったく同じ様相を呈してることがあり・・・」なんて、説得の手口も全くいっしょだったりする。
わたしは日本では、家にやって来るすべての勧誘はドアも開けず、「間に合ってます」の一言でえくすきゅーずしていたのだが、こちらでは英語の勉強にもなるし、どんな勧誘があるかちょっと興味もあったので、結構勧誘の人たちと辛抱強くお付き合いしながら、「わたしはぶってぃすとであります(ウソ)。」とか「犬が訓練前で飛びかかるかもしれませんからドアを開けられましぇん。(ある意味ウソ)」「エイゴ、ワカリマセーン(と、英語で言う)」とか、こっち対応の「すばやい断り方」を研究していたのである。

しかしシリルがそう言うということは、韓国でも日本と同じような宗教の勧誘があるということである。そして聞いてみると、日本で流行っているあんな新興宗教も、こんな新興宗教も、しっかり同じようにちまたで勧誘合戦を繰り広げているらしいのである。

シリルとこんな話をしながら、突然わたしは自分が日本であるとき、あやうくキャッチセールスに引っ掛かりそうになったことを思い出した。
(ここからが本題です)

●キャッチセールス被害(未遂)の思い出 
今までの文章で大体わかるように、わたしはセールスを断るのが、どちらかといえば得意な人間である。正直言うとかなり得意である。
大体「駅で勧誘にあっても、なかなか振り切れなくて・・・」なんていう輩は、みんな気持ちにゆとりのある、優しくて心の温かい人たちばかりなのだが、まあ要するにわたしはそういう人間ではないのである。
一触即発・よらば切るぞ人間なのである。

そんな獸木が、キャッチセールスにまんまと引っ掛かりそうになったばかりか、引っ掛かりそうだったことに半年以上も気付かずにいた、これは貴重な思い出である。

1980年代のどこか、当時のわたしは占いの研究に凝っていた。
たしかホロスコープに深入りしたあとで、他の占いも研究してみようと、いろんなのをかじっては投げ、かじっては投げしており、池袋駅の地下通路をばく進していたその時は、手相をかじってみようと本を買って、ちょうど二日目のところだった。

「あの」と、メガネをかけた、文学少女っぽいお姉さんが前方からあてんしょんを乞うた。
「わたし、手相の勉強をしている者なんですが、手相を見せていただけますでしょうか?」

これは驚きである。手相の勉強を開始してなんと二日目に、巷で同朋に巡り合うとは!これぞ運命である。何かを一生懸命に勉強していると、思わぬところからヒントや情報や、つてが舞い込んで来るものなのだ。天の神様の粋なはからいというやつである。

「いいですよ!」
即答して手を差し出すわたし。
「最近、疲れていらっしゃいませんか?」
手を見つめて言うお姉さん。
「いえ、そうでも。」
期待に満ちた目で、ニヤニヤと、自分の手を見るお姉さんを見るわたし。実際のところ、わたしは20年このかた、ほとんど慢性的に疲労困ぱいしている人間なのだが、自分の手相のことなんか全然うわの空である。
手相の勉強法について、いろいろ有益な情報を得る大チャンスなのだ。もしかしたら、手相見友だちまで出来てしまうかも知れない。

「手相の勉強って、どんなふうになさってるんですか?」
はやる心を押さえ、さりげなく聞いてみる。
「え、あの、学校で・・・」
「実はわたしも、手相の勉強を始めたばかりなんですよ。」
「そ、そうなんですか?」
「あなたのも、見せていただけますか?」
取られた手で、相手の手をいそいそと取り返すわたし。うろおぼえの知識で見た手相で「最近ああですか、こうですか?」と手相見のまねごとをちょっとほざいてみる。
「そ・・・そうでもないです。」
さっきのわたしみたいなノリの悪い返事をするお姉さん。

「学校って、どちらの学校ですか?」
「あの・・・専門学校です。」
わたしのほうは、手相仲間になれるかも、いい本や学校を教えてもらえるかも、と期待満々なのだが、お姉さんのほうはなぜか引き気味である。
わたしは友だちを作るのがうまくない

「じゃあこれで・・・」
ややあってお姉さんは小さく言い、いつのまにかわたしに握り締められていた手を振りほどいて、雑踏の中に消えて行った。

世俗にうといわたしが、「最近『手相を見せてください』っていうキャッチセールスが流行ってるんだって。」と知人から聞かされたのは、それから半年以上もたってからの話である。
具体的に何を売りつけるものかは知らないが、手相を見てもらって、「こうじゃないですか、ああじゃないですか」と問われ、「えー、そうなんですよ。なんでわかるんですかあ」などとないーぶな反応をしようものなら、「どこかに座ってお話ししませんか」と喫茶店に連れ込まれ、あやしい書類にサイン(ハンコ?)させられてしまうのだそうだ。

手相を見て言う、定番の問い掛けは「最近疲れていませんか?」だという。
なるほど、駅を急ぎ足でゆく日本人にそう聞いたら、ほぼ100パーセントがイエスと答えるに決まっている質問である。

その時まで、例のお姉さんを手相見志望の学生と信じて疑わなかったわたしは、知人の話を聞いても、いまひとつピンとこない。
『若くてまじめそうな普通のお姉さんだったのに・・・。金に目がくらんで、そんな詐欺の片棒を担ぐような人には見えなかったのになあ』
世間知らずな上に人を見る目ゼロ。さすがバカなアンディとお人好しのカーターとイノセントのジェームスの生みの親だけのことはある。

『せめて今は更生して正しい道を歩んでいてネ』
素直で明るく賢く、おまけにやさしくてよく気のつくシリルと、就寝前のおしゃべりを楽しみながら、密かに願うわたしであった。

 
<2000年11月28日号>


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