NO.13 「外国のオバケ特集号」 2000年01月号

今回はBIGCAT NEWS 13号を記念(?)して、オバケの話です。主に友人知人の体験談で、そんなにものすごい怖いのはないので安心して(?)お読み下さい。
わたしが人に聞いたり体験した話では、日本のものがもちろん圧倒的に多いのですが、今回は珍しいところで、外国の体験談に絞ってみました。

内容に全然関係ありませんが、うちの裏庭です。サロニーのお墓はあるけど・・・

 

●オーストラリア編/「誰かが見ている」
-獸木と一時同居していたアリスンの話-
アリスンが20代で初めて家を買った(当時オーストラリアではアパートの家賃よりも家のローンが安くて、若い人でも家を買うのが普通だった)ときの話です。

アリスンはずっと「幽霊なんて!」と頭から信じてなかったのですが、その家でお皿なんかを洗っていると、どーしても、どーしても、どーーしても誰かに見られている気がするのです。
実はその家は、元の家主が死亡したため売りに出された家で、(法律によって売り手は家に関する事実を隠すことができないので)アリスンはそのことは知っていました。

その後近所の人と知りあい、元住んでいたのが老婦人であり、彼女が誰が訪ねてもドアチェーンをつけたままでしか話をしなかったこと、数日おきに様子を見に行っていた老人が、ひとりで死んでいる彼女に気付いたことなどを知って、さすがにこれはよくないと思い、セラピストのお姉さんフィリッパに相談しに行きました。

アリスンのお姉さんフィリッパは結構神秘の世界に傾倒してて、サイババの写真なんか家に飾ってたりするその道の人(?)です。
「姉ちゃん、オバケにはどう対処したらええの?」と、問うアリスンに、フィリッパは、「お香(日本のお線香とはちょっと違って、ラベンダーとかの香りの入ったインセンス)を持って、家の部屋の角々を浄化して回るように」と指示を与えました。
アリスンはその通りにし、その後誰かに見られている感じは消失して、夜もぐっすり眠れるようになったそうです。

 

●インド編/「オバケより怖いもの」
-ビッキーちゃんとサミーちゃんの体験談-
ビッキーちゃんとサミーちゃんは、日本で友だちだったインド人の男の子二人組です。
「ビッキーちゃんとサミーちゃんの体験談」と書きましたが、実はいつもふたりはくっついていたので、どっちの体験談だか忘れてしまったのでした。

ビッキーちゃんとサミーちゃんは、日本語が上手で、よくインドやイスラム教(ふたりはイスラム教徒)の話をしてくれましたが、あるときインドのオバケの話になりました。

内容は忘れてしまいましたが、ひとしきり普通の怪談(?)をしたあと、彼らのうちどちらかが、
でもオバケより怖いものもいるんだよね。ほら、なんて言うんだっけ(日本語が出てこない)?もっとすごいの・・・見たら死ぬこともあるんだよね。」と言いだしました。
さっそくボキャブラリーをまさぐるわたし。
「鬼?」
「オニ・・・?だっけか?」
「悪魔。」
「そうそうアクマ!それそれ!!いるんだよね。見たことあるんだよ。インドでね、ずっとまえ、オートバイで仕事に通ってたんだよ。で、夜遅く帰るとき、道にきれいな顔した女の子が立ってるの。で、下を見たら、足がね、逆についてるんだよ。

つまり、つま先が背中のほうに突き出していたというのです。
「もうこわくてこわくて、お祈りしながら帰ったんだよ。その道はもう二度と通らなかった。」
聞いていたわたしともうひとりの友人は「ひえ〜〜〜〜っ」と叫びました。

 

●イギリス編/「霧の出る家」
-英語の先生ジュリアンの話-
ジュリアンが子供だったころ、お父さんのご両親が亡くなって、その持ち家に住むことになりました。ジュリアンのお父さんはお金持ちの出で、お母さんは貧乏なおうちの出だったとかで、お母さんはお父さんの身内からよく思われていませんでした。

あるとき、お母さんとジュリアンが台所に入ると、家の中なのに霧がいっぱいたちこめています。びっくりして窓の外をチェックすると、外はいいお天気。
怖くなったお母さんがジュリアンを抱いて台所から飛び出すと、霧が生き物のようにぐあーっと追いかけて来て、長い廊下の果てまで二人を追い掛け回して、壁にぶつかって消えたそうです。

ジュリアンは獸木の元英語教師のひとりだったのですが、大勢いた英語学校の先生の中でも、ジュリアンはものすごく話がおもしろくて上手で、「どこまで本当だかわからない。」と定評を受けていました。・・・のでこの話の信憑性はいまいちです。(ゴメン、ジュリアン)

ちなみにジュリアンは、いつか連載のコメントに書いた、「ケンタのおじさん」というあだ名がいやで(そっくり)、ヒゲを長く伸ばして、今度は「ZZトップ」とあだ名されてしまったあの彼です。
暴力映画がどあい好きで、パルプフィクションからこっち、自ら「ジュールス(ジュリアンの愛称で、パルプフィクションでサミエル・L・ジャクソンの役名だった名前)と名乗ってましたが、今どうしているのでしょう?

 

●アメリカ編/「地震」
これはわたしが15才のおわりに生まれて初めてアメリカに行ったときの話です。
学校のツアーでロサンゼルスからサンフランシスコに移動したわたしたちは、シェラトンパレスという古いホテルに泊まっていました。このホテルはダイニングルームが文化財かなにかになるくらい古いので有名です。

わたしは他の友だち二人とツインルームに泊まって、わたしは最初の夜、ふたりのベッドの間の補助ベッドで寝ていました。
友だち二人は疲れて早々に寝てしまいましたが、わたしはまだお目々ぱっちりで横たわっていたところ、12時だか、夜中近くに大きな地震があって、補助ベッドが、それこそゆっさゆっさと音を立てるくらい揺れました。

地震はしばらく続き、わあ、今のは大きかったな、やっぱりカリフォルニアにも地震があるんだあ〜。と、びっくりしましたが、ほかのふたりが起きた様子もないので、その晩はそのまま寝て、次の朝ダイニングルームで、先生や他の生徒と顔を合わせ、「いやあ、昨日の地震は大きかったですねえ」と持ちかけました。するとなんだかみんなポカンとした顔で顔を見合わせています。

当時、わたしは15才のおわりで、同室の友だちは18才でしたが、専門学校だったので他の参加者は20才過ぎが多数で、みんな夜中過ぎまで起きてそれぞれに遊んでいたらしいのですが、誰も地震を感じた人はいませんでした。
「なかったよ、地震なんか。」同行の先生が定番のせりふで締めくくってくれました。「夢でも見たんじゃないの?」

そのあと、ポルターガイスト現象というのが流行りになって、ああ、あれが本場物だったのね・・・と思いました。

 
●まとめ
ね、怖くなかったでしょ?(個人的にはビッキーちゃんたちの話はちょっと怖いです)
今回外国オバケを特集したのは、ビジターの方に目新しいだろうというのもありましたが、見聞きした日本の体験談のほうは、本格的に肌寒すぎて、こういうとこにアップするのはとても気乗りがしなかったのでした。

やはり日本のオバケほど怖いものはない・・・ような気がします。歴史が古いし、人口が多くて土地も狭いから、オバケの数だって多いのでは・・・。
もちろん、イギリスみたいに歴史の長い狭い国も同じなのかも知れませんが、アメリカとかオーストラリアとかは、少なくともオバケの人数的には、比較的少ないという気がします。
わたしは日本にいたときは週一とか月一くらいで金縛りにあってたのですが、オーストラリアでは2年半の間にたった3回。少ないです。

西洋と東洋のオバケの違いというと、何だかQちゃんとあのなんとかいうアメリカオバケを思い出してしまいますが(アレ?ドロンパだっけ?トムとかそういう名前じゃなかったんだ・・)、例の15才のときのポルターガイストなんかの印象だと、「怖いというよりはバカにされた感じ」「情念で迫る日本のオバケに対して、体当たりで来る」というイメージでしょうか。

それと、オバケの人種にもよるのかも知れませんが、質量のようなものがでかい。
わたしのオーストラリアでの最初の金縛りは、エイドリアンのうちだったのですが、キングサイズのベッドに寝ていたら、ジェームスくらいあるような人に押されて、ベッドから落とされそうになりました。

わたしは、少なくとも10才を過ぎてからは、単にイメージだけでも視覚的にオバケを見ることはなくなったんですが、質量とか、感触とか、輪郭、またかなり大ざっぱにキャラクター(人種や時代など)やメッセージを感じることは時々あります。

最後の金縛りは、実は3日前だったんですが、ネィティブ・オーストラリア(アボリジニ)の人が5人くらいで、わたしを面接に来たのでした。小柄でした。
(余談ですが、最近アボリジニの聖地(ご先祖の霊が住んでいる)であるエアーズロックに行ったその日の夜、わたしは意味もなく、そして生まれて始めて、突然白人というものが我慢ならなくなって、アリスンとものすごい喧嘩をしてしまいました。上の金縛りの後、はじめてその喧嘩とエアーズロックの関係を考えるようになりました。)

日本で、昔々の鎧を着ているらしいお侍さんかなにかが、お腹の上にあぐらかいてた記憶もあるのですが、彼は今の日本人より、一回りも小さかったです。

まあとにかくそんなわけで、怪談は外国のオバケ特集止まりということで、これにておしまいです。
そういえばずいぶん前、どこか日本のサイトでこわい人形の話がのってて、しかも問題の人形の写真が何枚ものってて、こういうのに行き当たるとインターネットもくあい・・・と思った覚えが。
心霊写真なんかをアップしてるサイトもあると聞きますが、いくらなんでも怖すぎると思いません?
ああ、ごめんね。夜中にひとりでこれを読んでる人・・・

 

●オマケ/「運命」
-中野君の実話-
あ、もうひとつあった。これはオバケの話ではないんですが、ニューヨークに住んでいた中野君というニックネームの日本人男性の話。

あるとき中野君、ニューヨークですさんだ生活を送ってる日本人少年に出会い、日本に帰るよう説得したんですって。最初は乗り気じゃなかったその少年も、そのうち帰ろうと決心して、ちょうど一時帰国するとこだった中野君と同じ飛行機を予約した。

ところがその少年、いちど帰る決心をしたら、なんだかもう1日も待てないという気になってしまったらしく、出発は一週間後なのに明日にも帰りたいと言い出してきかないんだって。そこで中野君は「しょうがないなあ」と思いながらも、飛行機を一週間繰り上げて帰国した。
そしたら、最初乗るはずだった飛行機が、どこかの国の領空侵犯をしたとかなんかで、撃墜されてしまったのでした。(大韓航空機撃墜かなんかでしたっけ?有名な事件だったよね)

その話をわたしにしてくれた中野君が、我ながらしんみり言うには、
「僕はそのとき、自分がこんなに優しくなかったら・・・見ず知らずの人を助けたり、その人のわがままを聞くほど優しくなかったら・・・死んでたんだなあと思ったんだよね。」
納得。彼はほんとに世話焼きで優しい人なのです。

で、わたしも思いました。「わたしだったら死んでるな。」
相手がきょう帰りたいなんて言っても、「何寝ぼけたこと言ってんの?たった1週間くらい待ってな」とかいって、がんとして動かないに決まってる。
優しさって、大事なんだねえ。

 
2000年1月21日


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