BERO CITY(Chronicle Hakata)>SHEENA & THE ROKKETS TOP>INTERVIEW>(1994.6.11) SHEENA
前書きインタビュー


 SHEENA

数々のROCK BANDを産出していたROCK CITY福岡から、 唯一といえる女性ロッカーも生み出されていた。

  「あなたが思い浮かべる女性ロックボーカリストは?」の質問に対して、果たして日本女性の名前を挙げる人が何%いるだろうか? 外人女性の名前は出ても、日本女性を挙げるのは至難の技?

しかし、私なら一人の女性を躊躇なく挙げることができる。
その人の名はシーナ。SHEENA&THE ROKKETS のボーカリスト。

では、彼女をロックボーカリストだと選んだ条件とは何だろう?
日本のプロの世界にいる大勢の女性の中で、彼女だけがロックボーカリストだと感じる理由は?

そもそも、ROCK、ロッカーの定義付けなどできるわけもなく…。なのに、彼女がまぎれもなくロックボーカリストだと嗅ぎわけられるのは何故。

Andrew Loog OldhamはROLLING STONESのファーストアルバムのスリーブに「STONESは、ただのグループではない。ひとつの生き方だ」と書いた。
そのときにROCK BANDの定義付けが80%完了したのかもしれない。後に続く多くのROCK BANDは、彼の主観を無意識のうちに聖書にしていた。
いつしかROCKは、言葉でなく、生き方で示されることになった。…彼のこの言葉を借りるとしたら。

さらに、鮎川誠氏の言葉を借りると「ROCKはルーツが大切」。
どんな音楽に触発され、どんな音楽を愛し、育ったか。表現する側になったとき、必ずそのルーツがにじみ出るのだ。

このような条件を無意識に踏まえた上で「女性ロックボーカリスト」を探してみると、ROCKシンガーと呼べる女性が、シーナ以外に誰がいる? 和製ROCK歌手はいても、ロックシンガーはいない。

そのシーナが福岡出身であることは偶然だろうか?
数々のROCK BANDを産出してきたROCK CITY福岡から、唯一の女性ロッカーも誕生していたのだ。

シーナはロックボーカリストとして活躍し、同時に出産も経験。幸せな家庭・家族も手に入れている。
「わたしの人生はとてもナチュラル。22歳で子供を産んで、ちゃんと育ててるよ。私は満足してるわ。」と、シーナ。 シンガーとしての自信と、女性としての充実感が彼女の姿をさらに引き立てているようだ。

その女性の横に、あの鮎川誠が並んだとき、さらに不思議なエネルギーが発散される。夫であり、音楽活動でも パートナーである彼は、福岡の若者の心に、最初にROCKの杭を打ち込んだロッカーの一人であった。 鮎川がギターを努めた『サンハウス』と名乗るBANDの残した業績は、本人たちが思う以上に大きかった。彼らの歌、 彼らの生き方が、その後に続く多くのミュージシャンを作り上げ、育てた。

そして、その中にシーナがいた。しかも彼女は最もサンハウスに近かった。鮎川と出会い、一緒になった二人。「サンハウスに 出会わなかったらROCKをやっていない。子供たちも産まれてないわ。」

出会ったときから、いつも一緒の二人はロッカーとしての‘イメージ’と‘インパクト’までおそろいだ。国籍不明の その雰囲気は「この二人はROCKの国から来たのでは?」と本気で思わせてくれる、不思議なオーラが漂う。しかも二人にはそれが よく似合う。

しかし逆にデメリットもあるという。「皆の興味が『夫婦』であることだけにいってしまうときがあるの。鮎川も私も ずっとROCKをやってきてるし、もっといろんなこと聞いてほしいのに…。そんなとき、鮎川に悪いなって思うわよ。」

ROCKの国からやってきた素敵なカップルに興味が集中してもしかたない。
でも夫婦といっても夫婦という言葉だけでは言い表せないオーラが漂う。 彼らは夫婦でありながら、確実に夫婦であること超えているのだから。

女であり、妻であり、母であり、そしてロッカー。
様々な顔を持つシーナは、最高の女性ロッカーである。

(BERO)

前書きインタビュー


YAMAZEN-LOGO